緒方洪庵おがたこうあん)” の例文
そこで、にいさんのすすめもあることだし、大阪おおさか勉強べんきょうすることにし、緒方洪庵おがたこうあんという先生せんせいじゅくにはいることになりました。
緒方洪庵おがたこうあんの如き、佐藤泰然さとうたいぜんの如き、伊東玄朴いとうげんぼくの如きは皆医学の泰斗たいとであると同時に、また新文明の先駆者であった。
栗栖は福井の産まれで、父も郡部で開業しており、山や田地もあって、裕福な村医なのだが、その先代の昔は緒方洪庵おがたこうあんじゅくに学んだこともある関係から、橋本左内の書翰しょかんなどももっていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
左様——蘭学で箕作阮甫みつくりげんぽ佐久間象山さくまぞうざんなどというところが大家だったね、それから黒田の永井青崖ながいせいがいというのがなかなか出来た、大阪には緒方洪庵おがたこうあんという先生がいたが、それらはみんな蘭学が主で