泰家やすいえ)” の例文
執権高時の実弟北条泰家やすいえをあげ、その領袖りょうしゅうにも、塩田陸奥守しおだむつのかみ新開左衛門しんかいさえもんノ入道、安東高貞あんどうたかさだじょうノ越後守などの幾十将をえらび出し
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「噂では、ご舎弟泰家やすいえさまの郎党、諏訪すわ三郎と申すものが、まだ火のまわらぬうち、亀寿さまを負うて、鶴ヶ岡の峰ふかく逃げ入ったとのことでございますが」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先年、北条一門滅亡のさいに、執権しっけん高時のじつの弟、北条左近大夫泰家やすいえは、奥州へのがれていたが、ほとぼりもさめた頃と、京都へ入りこみ、旧縁をたよって、いつからか西園寺の内に寄食し、名も