汐汲しおく)” の例文
せいと言われても辞儀もせぬ。ほかの奴のように名のりもせぬ。弱々しゅう見えてもしぶとい者どもじゃ。奉公初めは男が柴苅しばかり、女が汐汲しおくみときまっている。その通りにさせなされい
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その頃、陸奥の汐汲しおくみの娘が、同じ村の汐焼きの男と恋をした。が、女には母親が一人ついている。その目を忍んで、夜な夜な逢おうと云うのだから、二人とも一通りな心づかいではない。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あの木魚のおじいさん(前出)と、そのおかみさん(前出)の子で、十三、四に、お前浜まえはま一帯、お旗本、士族といわず、漁師までびっくりさせた勇敢な汐汲しおくみ少女(前出)のおたきさんである。
買ってもどった天秤棒で、早速翌朝から手桶とバケツとを振り分けににのうて、汐汲しおくみならぬ髯男の水汲と出かけた。両手に提げるより幾何いくらましだが、使い馴れぬ肩と腰が思う様に言う事を聴いてくれぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そうしてまた更に時としては、その山と海との間に散在する、苫屋とまやの屋根の上からさえ聞えた。そればかりではない。最後には汐汲しおくみの娘自身さえ、ある夜突然この唄の声に驚かされた。——
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)