この情緒纏綿じょうしょてんめんたる手紙は、新婚しんこん当時の手紙ではない。結婚十数年、ヘルン既に五十さいを過ぎ、二人の男児と一人の女児の親となってる晩年の手紙である。
あるひはまた細流さいりゅうに添ふ風流なる柴垣しばがきのほとりに侍女を伴ひたる美人佇立たたずめば、彼方かなたなる柴折戸しおりどより美しき少年の姿立出たちいで来れるが如き、いづれも情緒纏綿じょうしょてんめんとして尽きざるものなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)