“悪路王”の解説
悪路王(あくろおう)は、鎌倉時代に記された東国社会の伝承に登場する陸奥国の伝説上の人物。文献によっては、悪来王、悪毒王、阿久留王などとも記されている。
鎌倉時代以降、鹿島神宮や鎌倉幕府など東国社会の文献にその名前が登場し、『鹿島神宮文書』では「悪来王」が藤原頼経によって討たれたとあり、『吾妻鏡』では「悪路王」は蝦夷(えみし)の賊首で赤頭とともに坂上田村麻呂と藤原利仁によって征伐されたとある。これら東国社会の伝承が平安京に持ち込まれると室町物語(御伽草子)の成立に多大な影響を与え、特に『吾妻鏡』での記述は室町時代に成立した『鈴鹿の物語』など田村語りの世界へと引き継がれ、悪路王は御伽草子の登場人物である藤原俊仁によって討たれる鬼として描かれた。
(出典:Wikipedia)
鎌倉時代以降、鹿島神宮や鎌倉幕府など東国社会の文献にその名前が登場し、『鹿島神宮文書』では「悪来王」が藤原頼経によって討たれたとあり、『吾妻鏡』では「悪路王」は蝦夷(えみし)の賊首で赤頭とともに坂上田村麻呂と藤原利仁によって征伐されたとある。これら東国社会の伝承が平安京に持ち込まれると室町物語(御伽草子)の成立に多大な影響を与え、特に『吾妻鏡』での記述は室町時代に成立した『鈴鹿の物語』など田村語りの世界へと引き継がれ、悪路王は御伽草子の登場人物である藤原俊仁によって討たれる鬼として描かれた。
(出典:Wikipedia)