下邳かひ)” の例文
「そちは陳大夫と共に城に残ってわが妻子や金銀兵糧などを、すべて下邳かひの城のほうへ移しておけ。よろしいか」と、いいつけた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
徐州は守備に不利なので、玄徳は小沛しょうはいの城にることとし、妻子一族は関羽の手にあずけて、もと呂布のいた下邳かひの城へ移した。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山東の道々は、予自身の軍をもって遮断しゃだんするから、劉玄徳は、その麾下きかをよく督して下邳かひより淮南わいなんのあいだの通路を警備したまえ
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
都へ還る大軍が、下邳かひ城を立ち出で、徐州へかえると、沿道の民は、ちまたに溢れて、曹操以下の将士へ、歓呼を送った。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬にとびのると、張遼は一鞭あてて、下邳かひへ急いだ。——そしてすぐ曹操の面前にありのままな次第を虚飾なく復命した。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下邳かひは徐州から東方の山地で、寄手よせて第六軍の大将韓暹かんせんは、ここから徐州へ通じる道を抑え、司令部を山中の嘯松寺しょうしょうじにおいて、総攻撃の日を待っている。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
官は下邳かひじょうですが、このたび王軍、黄巾の賊徒を諸州に討つと承って、手飼いの兵千五百を率い、いささか年来の恩沢にむくゆべく、官軍のお味方たらんとして馳せ参じた者であります。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)