“ましや”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
真志屋33.3%
増屋33.3%
眞志屋33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
この年八月二十九日に、真志屋ましや五郎作ごろさくが八十歳で歿した。抽斎はこの時三世劇神仙げきしんせんになったわけである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
まだ下谷したや長者町ちょうじゃまちで薬を売っていた山崎の家へ、五郎作はわざわざ八百屋やおやしちのふくさというものを見せに往った。ふくさは数代まえ真志屋ましやへ嫁入したしまという女の遺物である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「なんでも卑しい女に水戸樣のお手が附いて下げられたことがあるのださうでございます。菓子店を出した時、大名よりは増屋ましやだと云ふこゝろで屋號を附けたと聞いてゐます」
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかしこゝろみに推測すればかうである。眞志屋ましやの菓子店は新石町にあつて、そこに壽阿彌の五郎作は住んでゐた。此家が文政九年七月九日に松田町から出て、南風でひろがつた火事に燒けた。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)