“ほうえい”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
宝永62.5%
寳永12.5%
抱影12.5%
蓬瀛12.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
別当は真言宗(しんごんしゅう)にして、金生山(きんしょうざん)龍王密院(りゅうおうみついん)と号し、宝永(ほうえい)八年四月、海誉法印(かいよほういん)の霊夢(れいむ)に由り……
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
孝和は長じてから甲府の徳川綱重(とくがわつなしげ)並びにその子綱豐(つなとよ)に仕えたので、寳永(ほうえい)元年に綱豐が将軍の世子となり、名も家宣(いえのぶ)と改めたときに、孝和もまたこの世子附として幕府の御家人となり
関孝和 (新字新仮名) / 石原純(著)
そして寳永(ほうえい)三年に勤を辞してから、同五年の十月二十四日に歿しました。
関孝和 (新字新仮名) / 石原純(著)
大仏次郎氏の兄さんの野尻抱影(ほうえい)氏も、氏の小学生時代には今の紙芝居風な雨の日の遊戯を各〻(めいめい)の自由画でやった覚えがあるとのことである。
帰路入二蓬瀛一きろほうえいにいるということは望みが叶(かな)って帰りには蓬瀛(ほうえい)といって仙人の住むめでたい国へ行くことそうな