“ばいし”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:バイシ
語句割合
梅颸42.9%
倍蓰14.3%
梅子14.3%
蓓蓰14.3%
陪蓰14.3%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
梅颸ばいしは広島にあつてまさに七十三の春を迎へんとし、山陽は京都、聿庵は江戸と、三人「三処」に分れてゐたのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
豊田郡竹原で山陽の祖父又十郎惟清これきよの弟伝五郎惟宣これのぶが歿したので、梅颸ばいしは山陽をくやみに遣つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「癸亥の年に将軍家茂に扈随して江戸を発した医官数人中、行伴かうはんの最多かつたのは柏軒先生である。大抵医官は一門人若くは一僮僕を有するに過ぎなかつたのに、独り先生の下には塩田良三とわたくし(志村良愷)とがゐて、又若党一人、轎丁けうてい四人がゐた。それゆゑに途次に費す所も亦諸医官に倍蓰ばいしした。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
当時未だ曾て梅子ばいしの黄なるを見るに及ばなかつたのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
かくのごとく武士は高等武士をうて集まり、輜重部は武士を趁うて集まり、諸々もろもろの貨物は輜重部を趁うて集まり、ここにおいてか一城下には必ず一の市邑しゆうを生じ、しかしてかの全国の大城下なる江戸のごときに至りては今日の東京に比してほとんど蓓蓰ばいしする繁栄を現じたるもまたゆえなきにあらず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
将門が猛威を張つたのは、大小の差こそあれ大元だいげんが猛威をふるつたのと同じく騎隊を駆使したためで、古代に於ては汽車汽船自働車飛行機のある訳では無いから、驍勇な騎士を用ゐれば、其の速力や負担力ふたんりよくに於て歩兵に陪蓰ばいしするから、兵力は個数に於て少くて実量に於て多いことになる。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)