“あしかがたかうじ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
足利尊氏95.7%
足利高氏4.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
足利尊氏あしかがたかうじと戦った楠木正成だろう。軍記読ぐんきよみの辻ばなしで、わしも聞いたことがある。……ヘエ、このへんで死んだのかね」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この耄及愚翁もうぎゅうぐおう本は奥書きに安貞あんてい二(一二二八)年の年号があるものであって、足利尊氏あしかがたかうじに擁立せられた後光厳院よりは少なくとも二、三十年は古い。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
この篠村しぬむら八幡へは、かつて元弘の頃、足利高氏あしかがたかうじも、願文をめたことがある。高氏はこの駅路うまやじに来て旗を立て、勅命にこたえ奉るなりと声明して、一挙京都に入り、六波羅ろくはらおとした。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)