昵懇じっこん)” の例文
この両人ふたりが卒然とまじわりていしてから、傍目はためにも不審と思われるくらい昵懇じっこん間柄あいだがらとなった。運命は大島おおしまの表と秩父ちちぶの裏とを縫い合せる。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
染吉を殺した下手人は、よっぽど染吉と昵懇じっこんな奴だ。——染吉の後をつけて来て、妻恋稲荷で勇太郎と話すのを盗み聞きしたんだろう。
「山林のなかにも、そんな人物がおるか。そちも周倉に昵懇じっこんなれば、邪を抑え、正をふるい、明らかな人道を大歩して生きたらどうだ」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このツァンニー・ケンボが今の法王と非常に昵懇じっこんになり、現にツァンニー・ケンボとなったのも今より十八、九年以前の事です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
わたくしは、その昔、そのソーニャちゃんの名付親になったことがありますし、ご主人の教授閣下にも、かねがねご昵懇じっこんに願っております。
家康は如水の口上をきゝ終つて頷き、なるほど、御説の通り私の娘は氏直の女房で、私と北条は数年前まで同盟国、昵懇じっこんを重ねた間柄です。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
幸い櫛田医師の同窓の親友に橋寺と昵懇じっこんな者があったとやらで、可なり行き届いていて、当人のことや国元のことは素より
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
千々岩は武男が言葉の端より、参謀本部に長たる将軍が片岡中将と無二の昵懇じっこんなる事実よりして、少なくも中将が幾分の手を仮したるを疑いつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
沢渡と佐竹とは遠い縁者にも当っていたし、金之助の父の助左衛門と千五郎とは極めて昵懇じっこんのあいだがらで、家族も古くから近しく往来していた。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
昵懇じっこんを重ねねばならぬと思った。片手に盃、他の手に徳利のくびをつかんでいた。袴のすそを踏んで斜めに傾きながらとッとと踏みとどまっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
故人と昵懇じっこんであった孤蝶老が、往時一葉が子供相手に営んでいた一文菓子屋のことを、「如何にも小商売こあきない」と云った口前を、私はいまなお覚えている。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
下手人もともに亡びた以上、別に詮議の仕様もないのであるが、実雅は武人で宇治の左大臣頼長に愛せられていた。兼輔はむしろ関白忠通の昵懇じっこんであった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夫人は昵懇じっこんらしい百姓家に、馬を預け飼料かいばをやるように頼むと、鞭をステッキのように持ったまま青年と並んでグリーン・ホテルへ行く坂道を歩き出した。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
伯母は蛍雪館が下町に在った時分姉娘のお千代を塾で引受けて仕込んだ関係から蛍雪とは昵懇じっこんの間柄であった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
馬馴らしに参りますうちに六松と昵懇じっこんになって、あいつの手引で行くようになったんでごぜえますからね。
大根河岸の三周など昵懇じっこんの人々が発起で円朝を説きつけ、浜町の日本橋クラブに円朝会というのを催した。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
滅多めったに訪問者にも会わなかったという程だし、雑誌社などでも、一応は彼の行衛を探したあとなのだから、余程彼と昵懇じっこんであった記者を捉えなければならぬのだが
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのうちだんだん昵懇じっこんになって、卒業製作の絵の具料や写生旅行の費用を一時立て替えてくれというわけで、小品などを預かり、ついそのままになったものもあります。
「愛一郎のとなりにいた女性は、新兵器の売込みをしたり、日本のウラニウム鉱山の調査をしたりしている、パーマーというドイツ人の秘書だが、あなた、ご昵懇じっこんなんですか」
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
愚僧は芝山内しばさんない青樹院せいじゅいんと申す学寮の住職雲石殿うんせきどの年来ねんらい父上とは昵懇じっこんの間柄にて有之候まゝ、右の学寮に寄宿つかまつり、従前通り江戸御屋敷おやしき御抱おかかえの儒者松下先生につきて朱子学しゅしがく出精罷在まかりあり候処
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
卒然としてその奥義を察知するにいたり、このよろこびをわれ一人の胸底に秘するも益なく惜しき事に御座候えば、明後日午後二時を期して老生日頃昵懇じっこんの若き朋友二、三人を招待仕り
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
合点長屋と近江屋とは髪結甚八を通して相当昵懇じっこんの仲、そこで近江屋から使者つかいが立って、藤吉親分へ事を分けての願掛けとなった次第、頼まれなくてもここは一つ釘抜の出幕だ、親分さっそく
ことに婦人らは、昵懇じっこんや礼儀や退屈や愚蒙などのために、イプセン、ワグナー、トルストイ、などの話を始めるのであった。一度会話がこの方面に向かってくると、もう引き止めるすべがなかった。
昵懇じっこんな方らしゅう、それでお邸をお教え申しておきましたが——」
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
彼の友であり彼をいつくしみ、普通のとおり彼よりいっそう炯眼けいがんである一人の作家が、彼のつつましい揺籃ようらんをのぞきこんで、なんじは十二、三人の昵懇じっこん者の範囲外にふみ出すことはなかろうと予言したときから
「これからなんですよ、あのね、賀川さん、あなたは島村信之という方とご昵懇じっこんでおられますか? なんでも早稲田を出られた方で、大阪機械労働組合の主事とかをしておられる方だそうですが……」
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
ずっと前の徳川将軍に昵懇じっこんしていた女性の墓だということだった。
昵懇じっこんの間柄だから、贔負目があるので兎角軽く見る。
朝起の人達 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「実は、我が昵懇じっこんのものであるでの。」
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その側から、慰め兼ねておろおろしているのは、「小父おじさん」と言われる、故人と昵懇じっこんの浪人者、跡部満十郎という四十男です。
と申す仔細しさいは、信長卿のお供をして幾度いくたびか京都に在るうち、ご主君とご昵懇じっこん近衛前久このえさきひさ様から屡〻しばしばおうわさが出たものでござる。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうえ「側用人」という職は常にもっとも近く藩主に仕えるため、対人関係が微妙であって、周囲との昵懇じっこんなつきあいは遠慮しなければならない。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
下妻夫人とはそう昵懇じっこんな仲でもないし、ことに相良と云うのはまだ聞いたこともない名なので、ちょっと当惑した。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この僧は六十近い、丸顔の、達磨だるま草書そうしょくずしたような容貌ようぼうを有している。老人とは平常ふだんからの昵懇じっこんと見える。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その変事はどういう事から起って来たかというのに、かねて私と懇意な駐蔵大臣の書記官馬詮マツエンが、今度カルカッタに行くシナ人とは至って昵懇じっこんの間である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
既に秀吉は自ら京に留り、山崎宝寺に築城して居住し、宮廷に近づき畿内の諸大名と昵懇じっこんになり、政治に力を注いだから、天下の衆望はおのずから一身に集って来た。
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
川口の米会所で昵懇じっこんだったのを思いだし、廻船の上乗りにでもしてもらって江戸へ帰ろうと、郭内くるわうちのお長屋をたずねると、川村孫助はみすぼらしい金十郎の風態をそば眼するなり
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
もとより昵懇じっこんの長官、これは我輩の知人条野だ、と翁の住所氏名を告げたので無事配達された次第、と判ってみれば別段高名の故でもなんでもないので大笑いさ、と有人様の直話。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「だんなはこちらとご昵懇じっこんらしいので、実はあちらでお話のすむのを待っていたのですが、しかし、こいつは今度は、是非ともやつがれどもに落札してもらいたいと思いまして、ね」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
追々昵懇じっこんを重ねて心置きなく物を言う間柄となるうちに、独居の和尚の不便を案じて、なにくれと小用に立働くようになり、いつとなくその高風に感じ入って自ら小坊主に姿を変え
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
事件がすっかり落着してから、内閣総理大臣大河原是之おおかわらこれゆき氏は、(同氏もこの事件の被害者の一人であって、大切な一人息子を失いさえしたのだが)ある昵懇じっこんの者に述懐じゅっかいしたことがある。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「つまり、同業じゃナ。爾後じご昵懇じっこんに願おう」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
……ついては、お祝の辞を今日こんにちこれへまかりくだりました私は、細川和氏と申す者。以後なにとぞ、ご昵懇じっこんを賜わりますように
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今晩は昵懇じっこんの顔触れだから、一番その命がけの隠し事を打ち明けて、三十年来の重荷をおろすとしましょうか
奥田おくだ小萩は久之進の許嫁いいなずけなのである、——久之進の国許の家の隣村に小萩の家があって父親同士が昵懇じっこんにしているため、二人は幼少の頃からよく識っていた。
粗忽評判記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「実は何でございます、あの北の方に仕えておりました女房に、少々ばかり昵懇じっこんの者がございましてな」
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
始め長谷川君の這入はいって来た姿を見たときは——また長谷川君が他の昵懇じっこんな社友とやあという言葉を交換する調子を聞いた時は——全く長谷川君だとは気がつかなかった。
長谷川君と余 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで、有明荘の崖下の素人屋しもたやの二階に住んでいる花という美しい縫子。それがふだん鶴子と昵懇じっこんにして姉妹も同様に睦み合っていたから、多分その辺の事情に通じているだろう。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それは虫の好かぬ惣八郎と、努めて昵懇じっこんになろうとすることであった。もし、それが成功したら、嫌な人間から恩を受けているのではなくして、昵懇の友人から受けていることになると思った。
恩を返す話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼の顔や姿や声音こわねなどが、どの様に源三郎に生写いきうつしであろうとも、それで以って、源三郎昵懇じっこんの人々をあざむきおおせようとも、舞台の衣裳を脱ぎ捨てて扮装を解いた閏房けいぼういて、赤裸々せきららの彼の姿を
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)