黒子ほくろ)” の例文
眼の大きく見えるのは、肉の落ちてゐるからであらう。左の頬にある大きな黒子ほくろは、その時でもはつきり見えた。その上顴骨けんこつが高い。
孤独地獄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
看護婦がアルコールをしませた脱脂綿を持ってくると、俊夫君はそれを受け取って、死体の顔の右の頬にある黒子ほくろの上をぬぐいました。
紫外線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
乙女でなくて、ほかの誰が、こんなに特徴のある弓形の眉だの、黒子ほくろがあってすこし尖ったような上唇の表情だのをもっていよう。
朝の風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その上、死骸の耳の下に傷を拵へて、お玉の黒子ほくろを誤魔化したが、二の腕の(蛇)の彫物ほりものをお關に見られて、たくらみに龜裂ひびが入つた。
昨日きのう、お前、占を見てもらいに行ったんだってね。『街巷新聞』に出た黒子ほくろの一件は、誰がいたずらをしたのかあてがついたか。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは黒の中折なかおれ霜降しもふり外套がいとうを着て、顔の面長おもながい背の高い、せぎすの紳士で、まゆと眉の間に大きな黒子ほくろがあるからその特徴を目標めじるし
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひくくて眉毛まゆげまなこするどく其上に左の目尻めじり豆粒程まめつぶほどの大きな黒子ほくろが一つあり黒羽二重はぶたへ衣物きものにて紋は丸の中にたしか桔梗ききやうと言れてお金は横手を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
黄色く光る障子を背景にして、黒子ほくろのように黒く点ぜられたその蝿は、六本の脚の微細な動きかたまでも清逸の眼に射しこんだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
子供こどもたちは、みぎ眉毛まゆげうえに、おおきな黒子ほくろがあって、しろいあごひげのはえているおじいさんが、つえをついて、あちらへゆくのをると
うさぎと二人のおじいさん (新字新仮名) / 小川未明(著)
雪白の髪を総髪に結んだ、無髯むぜん童顔の威厳のある顔が、まず弓之助の眼を惹いた。左の眉毛の眉尻に、豌豆ほどの黒子ほくろがあった。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もって親子四人が助かりし嬉しさ。その時に我れ三歳なれども、面影は目先に残り、見覚えある眉間の黒子ほくろ、隠しても隠されまじ
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ぽつんと一つ黒子ほくろを打った様になった頃、俥は野のはてに近い小学校と、鎮守様のもりの間へとうとう隠れて仕舞ったのである。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
笑う時にちょっと口を曲げるところから理智的に輝いている眼、口尻に小さい黒子ほくろのあるところまでほんとによく似ています。
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
綽々しゃくしゃくと余裕のあるじぶんの立場を道誉は言外にほのめかしたことらしい。高氏は彼の笑っている黒子ほくろに気づいた。見くだしているのである。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああ、染吉か。」とわたしは二十三四の、色の白い、眉のりきんだ、右の目尻に大きい黒子ほくろのある女の顔をあたまに描いた。
鴛鴦鏡 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「はあ。」と云う、和尚が声の幅を押被おっかぶせるばかり。鼻も大きければ、口も大きい、額の黒子ほくろも大入道、眉をもじゃもじゃと動かして聞返す。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日本では女の顔の黒子ほくろなどは美貌の瑕瑾きずとして現に年頃の娘さんなどはそれを苦にしてわざわざ医師に頼んで抜いて貰ふものさへある位である。
東西ほくろ考 (新字旧仮名) / 堀口九万一(著)
慎しみ深い大きな眼の底にどこか不似合な大胆さも潜めていて、上唇の小さな黒子ほくろが片頬のえくぼとよく調和をとって動くのが心に残る表情だった。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
黒子ほくろの毛を引っばりながら、重ねておいて四つにするという古い言葉を思出して、ちょっと、正月の餅のようだと感じた。
舞馬 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
女がとくによろこぶのは背中の愛撫と、右の乳首の下の小さな乾葡萄のような黒子ほくろをつよく噛んでやることで、女は狂ったように呻き、唸った。
愛のごとく (新字新仮名) / 山川方夫(著)
アタシなんぞもね、長年この土地で苦労して、いまじゃ、モン・ブランの背中の隠し黒子ほくろのありかまで知ってるんですヨ。
頬の紅い、左の眼の上に黒子ほくろのあつた母のことを言へば、白い髮を切下げて居た祖母ばゝのことも御話しなければ成りません。
「そのあとで買いに来た客は、三十位で、色が白くて、ひげがなく、右の頬に一寸目立つ黒子ほくろのある人ではなかったですか」
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大隅諸島のはづれの、黒子ほくろのやうな、こんもりした孤島を眺めた時、富岡は、こゝが、自分の行き着く棲家すみかだつたのかと、無量な気持ちであつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
まァおまえじいやであったか! そうえばるほどむかし面影おもかげのこっています。——だい一その小鼻こばなわき黒子ほくろ……それがなによりたしかな目標めじるしです……。
白いその首筋から細そりした肩のあたりにも見覚えがあった。右の耳の下には何時も見ている小さな黒子ほくろさえあった。
怪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
黒子ほくろを貼った貴婦人と相乗りの軽馬車を駆っていく伊達だて者。その車輪にぶら下がるようにして一しょに走りながら、大声に哀れみを乞う傴僂の乞食。
どんな家の生れか知りませんが、年も若く、美しくて利発な人で、請宿では隠れた処にもあざ黒子ほくろのないように、裸体にして調べたとかいいました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
くらのまへのサボテンのかげにかくれてはわたしとおなしにのわきに黒子ほくろのある、なつかしいそのひとのことを、人しれずおもひやるならはせとなつたのです。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
天気は極めてよく、私達は、高く澄んだ蒼空の下に雪に覆われて長が長がと、その空につづく氷河の麓に、いたずらに点ぜられた、黒子ほくろのように思われる。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
「あなたの奥さんは御姙娠でせう。」残花がだまつてゐると「あなたお気が附いてゐますか、黒子ほくろのあることを?」
斎藤緑雨と内田不知菴 (新字旧仮名) / 坪内逍遥(著)
白粉とべに丈ではいくら濃く塗り立てゝも滿足出來なくなつて、まゆずみを使つたり、黒子ほくろを描いたりしてゐるのに、あの娘は何時もつくろはぬ銀杏返で
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
黒子ほくろのような、青いちいさい入墨が、それを入れたとき握合った女とのなかについて、お島に異様な憧憬しょうけいをそそった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
機械的に其方へかおを向けると、腰障子の蔭に、旧い馴染なじみの炭屋の爺やの、小鼻の脇に大きな黒子ほくろのある、しわだらけのかおが見えて、前歯の二本脱けた間から
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「するとカオルさん。貴方はなにかお父さまの身体についていた痣とか黒子ほくろとか傷痕とかを憶えていませんか」
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
眉の上には大きないぼがあつて其外にも黒子ほくろがポツ/\あるので、写真は奇麗に取れんのですヨ。背には黒毛が一杯生えて居まして何時も石鹸で洗ふのでした。
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
大きな、なにかの宝玉のような眸子ひとみと、柔らかくしめった、彫刻的な口元とを、さらにひきたてるかのような、上唇の脇の黒子ほくろが、かなりつよく眼を惹いた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
瞬く間、窓の外が明るくなつたと思ふと、汽車は、とある森の中の小さい驛を通過パツスした。お定は此時、丑之助の右の耳朶みゝたぶの、大きい黒子ほくろを思出したのである。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
はちまきをした顔の横っちょうに、まるい萩の葉が一まい、大きな黒子ほくろみたいにへばりついていました。
ごん狐 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
また髪の毛のなでつけ方や黒子ほくろの位置が逆になっているくらいはどうでもなるとしても、もっと微細な
自画像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
小さな黒子ほくろの眼立つて愛くるしい口元に微笑を浮べつゝ、かう言つてお光は常に旦那をあしらつてゐた。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
かけて調べ上げましたので、両親は勿論のこと、本人さえ知らぬ尻の割目の黒子ほくろまでも存じておりまする
その後、私はそのおよんちゃんという人が、目の上に大きな黒子ほくろのある、年をとったおじいさんみたいな人と連れ立って歩いているところを二度ばかり見かけた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼女の襟元には、すぐ眼につく大きな黒子ほくろがあった。それは私もまだ、みさ子に想像していないことだったが、みさ子にくっつけても非常によく似合いそうだった。
小説中の女 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
厭な人だよと云われてその顔を見れば、なるほど年ごろは十七八眼附もどこか似たようでも、小歌にそんな黒子ほくろはないと、誰かの罪でゝもあるように寄席を飛出し
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
大きな瞳を更に見開いて、頬の黒子ほくろがなまなましく宇治の眼にうつった。宇治は激しく問いかけた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
身體からだの何處に黒子ほくろがあるかあざがあるかといふことまで知り合つてゐたのだが、此方こちらでは父兄の保護で微弱な生涯を續けてゐた間に、先方では學資の不足に惱みながらも
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
黒い怜悧れいりな打ち解けたごくやさしい近視の眼、多少太い鼻、上唇うわくちびるすみの小さな黒子ほくろ、ややふくれた下唇をかわいらしくとがらして突出させるしずかな微笑、などをもっていた。
人妻の艶かしさを処女の慎ましさに包んでいるような妻の顔……それが……その喉の下にポツンと一つ小さく付いている黒子ほくろまでが、何ともいえぬ蠱惑こわくと悩ましさとをもって
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
もう五回から撞き続けている憎々しい眉間みけんに大きな黒子ほくろのあるもじりの男と、それから新しい相手の、どこか南洋へでも行っていたらしい色のくろい男との勝負を見守っていた。
撞球室の七人 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)