ふか)” の例文
十八貫のおひらめ、三貫のまぐろふか、その他大物を狙ふのは、徒らに骨が折れて、職釣としては効果的であるが、遊釣としては適度でない。
日本の釣技 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
眼のすごい、口がおなかの辺についた、途方もない大きなふかが、矢のように追いかけてきて、そこいらの水を大風おおかぜのように動かします。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
老人がそのような夜更しをするさえ既に危険であるのに、殊にこの辺りの海は夜霧が多く話に聞けば兇悪な大ふかさえも出没すると云う。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「それや僕もそう思うなあ。僕だってふかになりたい、と思ったことがあるもんなあ」と、波田は初めて、その突拍子とっぴょうしもない口をきった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
第一装だいいっそうのブレザァコオトに着更きがえ、甲板かんぱんに立っていると、上甲板のほうで、「ふかれた」とさわぎたて、みんなけてゆきました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
たぶんふかに襲はれたのだらう、と私は思ふ。悔ゆることはない。私は新潟の浜辺から佐渡を眺めて先生のことを思ふのが愉しい。
これはふかだ。勿体振った渋々の様子で、グーセフなどは気にも留めぬふうに下を潜って泳ぎ寄る。グーセフは仰向いたままぐうんと沈む。
グーセフ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「ここで人身御供が上らなけりゃあ、みすみす三十何人の乗合が残らずふか餌食えじきになってしまうのだ、それでようござんすかエ」
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
結局は河縁かわべりへ水を汲みに行って、滑り落ちて海の方へ押流されて、ふかにでも食われたんだろうという事になってしまいました。
麻畑の一夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
駝鳥だちょうの卵や羽毛、羽扇、藁細工わらざいくのかご、貝や珊瑚さんごの首飾り、かもしかのつのふか顎骨がくこつなどで、いずれも相当に高い値段である。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
洞窟どうくつの壁がうごきだした。窓の外を、ふかがさっと通りすぎた。間もなく窓外そうがいは、まっくらとなった。三角暗礁を出たのである。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
折から海豚いるかの群舷側に現る。横転逆転。飛び上るもの、捻じれるもの。次ぎから次へと現れる。中には巨大なふかの腹もある。
欧洲紀行 (新字新仮名) / 横光利一(著)
傴僂せむしの料理女がふかの臭をさして食卓の用意が整ったことを知らせた。彼女は昨夜からの涙の滲んだ絹のハンカチを香港の朝の風景に飜えして
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
「はは、可哀そうな、日本の飛行将校よ。太平洋のふか餌食えじきにでもなりたまえ。さあ、これが君らの墓にささげる花束だ。」
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
五人ばかりの兵はふかを釣ることを考え、銃剣を曲げてはりにしたが、鱶が噛みつくといっぺんに伸び、鈎の役をしなかった。
ノア (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「そんなことでは、ふかの源さんが酔うとるとは、いえんじゃろ? 口なおしに、時やんと、一杯、やんなさいよ。肴に、イイダコが買うてあるわ」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「縫之助様を追っかけて! 意地悪い官女になぶられてね。そうして殺されたのでございますの、あの恐ろしいふか七にね」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼の運命は遅かれ早かれ溺死できしするのにまっていた。のみならずふかはこの海にも決して少いとは言われなかった。……
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すると目の前に、ふか餌食えじきと化するはかない人間の姿と、チェーホフの心の色合が海底のように見えて来るのだった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ウニデスに捲かれようが捲かれまいが、早晩やがては海の藻屑と消え果てて、南海に集うふかの餌食となり終ることは、わかり切っている事実であった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
舟の上から挨拶する如き無礼は絶対に許されない。或る時そうした場合にぶつかり、彼が謹しんで水中に飛び込もうとすると、一匹のふかの姿が目に入った。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
精神的にいえば、何か怖ろしい野獣と闘っているか、あるいは大洋中でふかに出逢ったとでもいうべきである。
水夫デッキ連中は沖へ出次第に小僧を餌にしてふかを釣ると云っているそうだし、機関室の連中は汽鑵ボイラ突込つっこんで石炭の足しにするんだと云ってフウフウ云っている。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「死骸はそのまま突き流してしまいました。今ごろは、ふかの腹ン中で、あぐらをくんでいるかもしれません」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は話の中のこのうおを写出すのに、出来ることなら小さな鯨と言いたかった。大鮪おおまぐろか、さめふかでないと、ちょっとその巨大おおきさとすさまじさが、真に迫らない気がする。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
船員も漁夫もそれを何千匹のふかのように、白い歯をむいてくる波にもぎ取られないように、縛りつけるために、自分等の命を「安々」とけなければならなかった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
ふか、つまりさめの四五百貫もある奴が時々やつて来ては漁師を驚かす。鱶は悪食あくじきで何でも食ふ。殊に人間の肉は好きのやうである。大鱶を見たらこれにからかつちや損だ。
東京湾怪物譚 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
そなたはふかちょう恐ろしき魚見しことなからんなど七ツ八ツの児に語るがごとし。ややありて。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
渺茫べうばうたる海面にふかが列を為してあらはれたかと思つたのは三マイル先の埠頭から二挺を一人で前向まへむきに押して漕ぐ馬来マレイ人の小舟サンパンの縦列で、彼等は見るうちにわが船を取囲んで仕舞しまつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「あれも、ボーイと一緒に、海へ飛込んだ。いまごろもう、ふか餌食えじきになったことだろう」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
○明治廿八年五月大連湾より帰りの船の中で、何だかつかれたようであったから下等室で寝て居たらば、ふかが居る、早く来いと我名を呼ぶ者があるので、はね起きて急ぎ甲板へ上った。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
「本当ですとも。もっと面白いことがありますよ。地引網じびきにね、時々大きなふかさめがかかってくることがあるんです。するとその腹の中から、人間の頭がよく出てくるんですって。」
月明 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
椴松とどまつの伐りっぱなしの丸太の棒が、一本ずつ、続々つぎつぎに、後から後から、ふかのごとく、くじらのごとく、さめのごとく、生き、動き、揺れ、時には相触れ、横転しつつ、二条のレールの間を
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
パイロット・フィシュに囲まれた一匹のふかを眼前数間すうけんに見いだすというはなわざをまで演じ、その年末モスクワに帰って来ると「咳が出る、動悸どうきがする」などと一しきり泣きごとを並べたくせに
そんなことをすれば、ただふか餌食えじきになるばかりです。
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
心安かれ、ふかざめよ、明日あすや食らはむ人間を。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
水底みなそこふかの沈むごと忘却わすれふちに眠るべし。
ふかが人間を呑んでしまふのだ。
ふかやつらの惡口わるくちへど
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
ふか
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
私はその歯をって海へ投げ込んだ時、あたかも二尾の大きいふかが蒼黒い脊をあらわして、船を追うように近づいて来た。
はなしの話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あっしゃ、ふかという魚がきらいでがんしてね。あいつはわしら人間が海へはいるのを一生けんめいねらっているんです。はいったところをぱくり。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
片足をふかにもぎとられた見るも無残な痛ましいものであったが、検死を進めるに従って、はからずも頭蓋の一部にビール瓶様の兇器で殴りつけられた
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
それはふかに追われた鰊の大群が、恐ろしさのあまり、海の上に十尺も盛りあがりながら、動いて来る光景なのでしたが、間もなくその土堤は舟に衝突し
手紙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
(船の動揺は、同時に水平線を動かすものだ)ボーイ長(水夫見習いをいう)の運命は、全甲板労働者の現在のすぐ背後にふかのように迫っているのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
縫い合わせた痕が醜く幾重にも痙攣ひきつって、ダブダブと皺がより、彎曲わんきょくしたくるぶしから土踏まずはこぶのように隆起して、さながら死んだふかの腹でも眺めているような
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
我が乗る舟の途に当るからとて、此の下僕を独木舟からふかの泳ぐ水中に跳び込ませたこともある。哀れな下僕の慌てまどいおそれる様が、彼にいたく満足を与える。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
さ、其を食べた所為せいでせう、おなかの皮が蒼白あおじろく、ふかのやうにだぶだぶして、手足は海松みるの枝の枯れたやうになつて、つと見着けたのがおにしま、——魔界だわね。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
何だかサッパリわからなかったが、ちょうどアノ辺にふかの寄る時候だったからね。ここへ来たら大変だぞ……と泳ぎながら考えている矢先だったもんだから仰天したよ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と息をついて立った有様は、海へ泳ぎ出して、いくばくもなくふかにであって、あわてて岸へ泳ぎ戻ったような有様で、七兵衛としては、かなりに不手際といわねばならぬ。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)