)” の例文
……やがて、誦念ずねんいたしている姿の気だかさに驚きました。たれたのでございます。何か、こう五体がしびれるように思いました。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清八も、お絹も、縁側から覗く善兵衞も、娘のお冬も、庭に突つ立つて居る下男の友吉も、嚴肅げんしゆくなものにたれて默つてしまひました。
たぶん、彼は人間を殺すほどのはげしい愛、相手を殺し、自分も死ぬほどのはげしく純粋な愛、そんな愛の存在そのものにたれていた。
赤い手帖 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
いたずらな豪奢ごうしゃのうすら冷い触覚と、着物に対する甘美な魅惑とが引き浪のあとに残る潮の響鳴のように、私の女ごころをつ。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ひとたび命を張れば豹虎ひょうこのごとく、ひとたび悲しめば枯れ葉のごとくに打ち沈んで行くその生一本の気性が、こよなくも主水之介の胸をったのです。
たった、ひとりで踊場にあらわれるレデーの香入りの天蓋てんがいの下で、僕は曲線のあるウィンクを感じながら、女性の罠と、慇懃いんぎんな精神のむなさわぎをける。
銀色の鬢髪びんぱつかすかに震えている、ひき結んだ唇にも、しわを畳んだ赭顔あからがおにも、火桶ひおけの上にさし伸ばした拳の動きにも……老人の心を大きくった感動の色が歴然と刻まれていた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
飛び道具に恐れての戦慄みぶるいか? それとも手弱女の類を絶した、この世ならぬ美に胸たれ恍惚から来た身の顫えか? 下段に構えた刀を引き入身正眼に付けたまま、いつまでもじっと動かない。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何ものにたれたのか、唐琴も膝から落ちるにまかせ、謙信は、途端にぬっと身を起して、物もいわず、陣幕の外へ大股に出て行った。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大小無数の疋田ひったの鹿の子絞りで埋めてあるだけに、疋田の粒と粒とは、配し合い消し合い、ち合って、量感のヴァイヴレーションを起している。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
僕は浴場で屡々しばしば、結婚の感触をけた。そのたびに手術室に逃げこんでいさぎよく離婚してしまった。
飛行機から墜ちるまで (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
ひどくたれたというふうに、恍惚うっとりとした様子で見送った。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さすがに御方もどこまで純情潔白な新九郎の物語には、すくなからずたれた様子。が、それで諦めたらしい色は微塵もなかった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何だか甲羅こうらを経て化けかかっているようにも思われた。悲壮な感じにもたれたが、また、自分が無謀なその企てに捲き込まれる嫌な気持ちもあった。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
六朝の血をけた彼女達の北方軍閥に対する憎悪は、南方の組織に関わらずその力によって北方軍閥の倒壊をまって自己を擁力しようとする陰謀、シイ・ファン・ユウも目的をそこにもっていた。
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
不意をたれた虚無僧は、死骸を捨ててパッと飛び退き、同時に一刀のさきをピッタリ新九郎に向けて、すこしも油断のないかたち。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悲壮な感じにもたれたが、また、自分が無謀なその企てにき込まれる嫌な気持ちもあった。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
渋沢の熱心にはたれながら、露八の頭には、お菊ちゃんだの、お喜代だの、お蔦だの、女たちの影がして決意を躊躇ためらわせた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、心はまだしきりに今朝ジョホール河の枝川の一つで、銃声に驚いて見張った私達の瞳孔どうこうに映った原始林のおごそかさと純粋さをおもい起していた。それはひどく心を直接にった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ふいに、耀蔵は、厳粛な気にたれて、その顔を仰いだが、老先生のひとみは、眼の隅に片寄って、あらぬ方を、じっと見ているようだった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もとの下駄を脱いだところへ駈け戻って来ると、さすがに身体全体に汗が流れ息が切れた。胸の中では心臓が激しくち続けた。その心臓の鼓動と一緒に全身の筋肉がぴくぴくとふるえた。
快走 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
左典のいう神力とは何であるか、新九郎にもよく解せなかったが、仙味を帯びた老禰宜の風格にはたれるような威厳があった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のみやつちの響きは、何か新興の力を思わせる。阿波守の胸には、その音が古き幕府に代るものの足音としてってくるのだ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いきなり、青い針金のような光が、賊の手元から走ったと思うと、ばすッと、生れてから聞いたことのない異様な音が、お喜乃の耳をった。
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恥しいひるみにたれたが、枯木こぼくのような老人のかいなは、彼の帯ぎわをずるずるとつかんで、河岸の柳の樹の下に、共倒れに、よろめいて行った。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
釘勘はかつて見た、目白の丘の石神堂を思い合せて、ふしぎな念にたれていました。万太郎は話頭をかえて、釘勘に向い
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、大体がです、美感にたれようとして人の観賞する花火を造るのに、なんのために、なんに飢えて、墓地の醜物をあさる必要があるだろうか
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これほど真摯しんしな声も、まだ相手の心をつにはたらないのか、依然としてその人の横顔は冷たく、だくの一語を洩らさない。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(あの源氏の老武者おいむしゃですら、これほどのことを、やったではないか)ということは、諸国に潜伏している源氏の者を、はなはだしく強くった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弦之丞も黙然もくねんと、ふたりの見まもる山を見つめている。お綱は何かの感慨にたれて、白雲の流るる行く手に佇立ちょりつした。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、東儀与力は意外なおどろきにたれながら、花世について、自分が知っているかぎりの事実を塔十郎に話し出した。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「よし、手を貸そう」と、孫兵衛は側へ寄って行ったが、あさましい姿をみると、たれたように立ちすくんだ。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
視野のかぎり平面なきれいに刈りこんだ芝生を眸にするだけでも、トムはすばらしい爽快さにすぐたれた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、その時、彼の耳をつよくったものがある。生れて間のない嬰児えいじの声だ。十八公麿まつまろが泣くのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……トム公はこの時ほどふしぎな感にたれたことはない。彼はまじまじと闇を見つめて寝られなかった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空洞うつろのような橋廊下——、口を開くと一緒にその奥から、ムーッとするばかりな熱風がおもてってきた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、灌木かんぼくの枝をきわけながら、ザワザワと低地へ下りて行きかけたが、何にひとみたれたのか
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、とむねをたれて、振りかえると、後になった杉蔵も、いつのまにどこから持ち出したか、同様に素槍を持って、伊織と権之助の背後をおどかしているのだった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はふと、番町の一角に、馬を立てて、思うまいとしても、思わずにいられないものに胸をたれた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あっ?」と、むねをったが、その明りの一つに、海部代官所かいふだいかんしょという朱文字を認めてホッとした。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これが母の意見だと、耳にたこという顔を示して、いつも鼻でわらい返す又八であるが、五年ぶりで会った友の言葉には、強く本心をたれてつい涙すらこぼしてしまった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は不思議な念にたれた。恐ろしい気もした。その子は、どうなるだろう。その母は?
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武蔵はたれたのである。宏大な宇宙の下にある小なる自己が悲しくなったのであった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
脇差を取り、すそを払って、銀五郎もズッと入った。油薬の香がれてプーンと鼻をつ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それと共に、プーンと湿っぽい血けむりが、ひさしの下からかれのおもてってきたので
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、少し、無残な念にたれて、中からムーッとしてくる血と白粉おしろいのまじった匂いに、思わずちょッと顔をそむけた。そして、両手を深く差しこんで、お綱の腰帯らしい所をつかむ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さなきだに重体の多市は脾腹ひばらたれてひとたまりもなく、ウームと弓形ゆみなりにのけぞるはずみ——行燈の腰へすがった共仆ともだおれに、一面の闇、吹ッ消された燈火ともしびは窓越しに青白い月光と代った。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、弦之丞は、たれた驚きから、やがてさめて、お綱の体を、起こしかけた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
全城にみちた一瞬の号泣は、実に、人の真美が人の真美をったのである。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お綱が悔悟かいごした真情にたれて、思わずこう共鳴してしまったが、そうなるといよいよかれは、お綱がスリの足を洗うためにも、あの約束を固く守ってやらなければならない負担を強く感じる。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)