うれ)” の例文
おや屋はうれしがって、思わずまりを宙へほうった。ぽんとつくと、前よりまた高く上がった。またつく。またつきながら道を歩き出した。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うれし泣きに嗚咽おえつするお珠の顔を、むごいような力でいきなり抱きしめると、安太郎は、彼女の唇に情熱のほとばしるままに甘い窒息ちっそくを与えた。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
その一ときのうれしさは云いようもないが、日がたつに従い、足の裏はセメントにむしばまれ、どうにも跛行を引かずにいられなくなった。
足軽三十名を預かるのは、部将の中では最下級の小隊がしらであった。けれど、うまやにいるより台所に勤めるより、遥かに彼はうれしかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三斎公様のお仁慈は、涙のこぼれるほどうれしい。一合のお扶持ふちといえ、うまくつを作る身には、勿体のうて、否応いえたことではない。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
墨江は、むせび泣いてしまった。どうあろうかと案じていた胸のりが、いちどに解けて、見得みえもなく、両手をついてうれし泣きに云った。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うれしくもあり、主人の気持も察して、胸がいっぱいになった。神崎のまぶたを見れば赤いし、安兵衛の眸を見れば熱いものがうるんでいた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
住僧の一人がいうと、日吉もうれしそうににこりと笑った。——母の悲しみはよく分らないが、母の歓びは、そのまま彼にも歓びだった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「先生」範宴は、思いがけなかったように、そして、うれしさに、こみあげらるるように、まぶたを赤くした。民部は、ことばに力をこめて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分の訪れを予期して角三郎が書いて行ったものには違いないが、いつものうれしい文字ではない遺書かきおきと云ってもいい悲壮なものであった。
御鷹 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ま、ごめんなさい。ほんに涙はお嫌いでございましたのにね。もううれし泣きもいたしませんから、陽気にお過ごしあそばして」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寧子ねねのことばが、余りきっぱりしていたので、老母は驚きの眼をみはり、やがて、その眼から、滂沱ぼうだとして、うれし涙をこぼしてしまった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
入道相国の恩命も、余りに遅きに失していたが、たとえそれが一片いっぺんの出来心でも、年来不遇な頼政には、うれしかったに違いない。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(亀山は、関一政せきかずまさが、祖々累代るいだい所領の地。あわれ、私に下さるおつもりで、一政に返し賜われば、彼も私も、いかにうれしいかわかりませぬ)
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母のよろこぶすがたを見ると、彼も体が浮くようにうれしかった。そして、また何かで、この母を、これ以上にも、歓ばせてやりたいと心に誓う。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おらの生れた下総しもうさには海はあるけれど船には乗ったことがない。——それに乗れるんならほんとにうれしいなあ。と他愛もなくいいつづける。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お戯れでなければ——願うてもない幸せ、あまりのうれしさに、夢ではないかと、お答えするにも、まごつく程にござります」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それは、うれしいさ、欣しいからおれは、お通さんみたいに隠したりなんかしないさ。——大きな声でいってみようか、おらア欣しいっ!」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何か、彼の満身が血でふくれた。無人は、自分たちのさかんだった時代の気骨を、そのまま持つ若者を見いだしていることがうれしいのであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丑之助は、うれしさに、ただ胸がふくらんで口もきけなかった。兵庫はもう先に立っている。丑之助はちょこちょこ追いかけた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長陣の御労苦、いかばかりぞと、お案じしておりましたが、思いのほか、お元気にわたらせられ、まずはうれしく存じまする。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「きょうから和子わこは、この小父おじさんの養子になったのだぞ。……どうだ、うれしいか。欣しくないか。この小父さんは嫌いか」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこの地点はちょうどまた、自分が文献の中で想像していたような三本道の追分の角であったことも、何となくうれしかった。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、信長からいたわられたことは、最大なおめであるとうれしく思われたので、寝不足のまぶたに、思わず涙が沁みたのであった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うれしかった。武蔵は遠慮なく、まず貰うことを先に決めた。それから礼を考えるのであったが、無一物の一剣生けんせいには、何もむくいる物がなかった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、母はうれしそうに、歯の抜けた口に、雪菜の一くきを入れて、もぐもぐくちをうごかしていたが、真雄の顔つきの好いのを見て、そっと云い出した。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼自身も、刀には眼利めききと、人にゆるされておりながら、そう云うのだった。そして、うれしそうな容子がつつめなかった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、それがうれしいのだ。炭薪の消費も、一年間のたか、半分以下に減って来たが——そんな数字よりは欣しいのである。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
トムは、それを眺めていると、からだじゅうを幸福でくすぐられるようにうれしかった。果した約束に、爽快であった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まあよろしいではございませぬか、この見苦しい茅屋ぼうおくへ、お嬢様からお運び下さるなんて、光栄とも冥加みょうが至極しごくとも、いいようのないうれしさでござる」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よほどうれしかったとみえ、信長はその時陣頭で、黒の薄い陣羽織に、塗りの大笠おおがさをいただき、左に扇を持ち、右手に杖を持って、何か指揮していたが
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殊に、自分が酒をたしなむだけに、酒好きな死者に、酒を手向たむけたという小娘らしい気もちが、ひどくうれしくひびいた。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清洲へ移れとの、おもとのことば、なんぼううれしくぞんぜられ候も、ひえあわに困らぬほどの、こん日の暮しも、おもとのはたらき、また殿さまの御恩ぞかし。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そろうたな、よう見えたな。日ごろはみな少将(当主綱条つなえだのこと)へ忠勤のこと、陰ながらうれしくぞんじておる」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「善助には是非とも、充分に働ける陣場をくれてつかわせよ。……ああは申したものの、近ごろうれしい男ではある」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老婆は、かしらをさげたが、さしてうれしそうでもない。気のせいか、家康は、自分を仰ぐ彼女の眼に、なお何ものか含んでいるように思えてならなかった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武松は、この出世も、事のはずみみたいな気持ちでただ「オヤオヤ」と言いたげだった。あんまりうれしそうでもない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鎌倉殿のおん前にさらすのは耐えられぬここちがしますが、あわれわがつまへの、故なきお怒りが少しでもかれたなら、どんなにうれしゅうございましょう。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「つまらない義理立てはよして下さいよ。そんなことをうれしがる程、今のわたしはもう素直な女じゃありません」
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、この熊楠は、ただ欣ばしさでいっぱいでござる、決して、誇言ではない、てらいでもない、うれしいのです、欣し涙が出てならないのでございまする
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(誰が枕許まくらもとにいるよりは、そなたがいてやるのが病人にとってもうれしかろう。わしが看護みとりしてやりたいが、気をつかっては、却って病気によくあるまい)
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むしろ悲しいうれし泣きだったのかもしれなかった。ぼくは弟を連れて、戸部の大通りにある年の市へ出かけ、露店ののし餅やら輪飾りなどを買い歩いた。
よほどうれしかったと見える。自分の手で、古銅のへいにそれをけると、回向えこうの水の供えてある小机の傍らに置き
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしとうとう夜になって、草臥くたびもうけで帰るのかと悲観していた程なので、うれしかったことはいうまでもない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
他愛もない言葉ながら、伊織の気持はうれしいものだった。彼は自分のかしずいている先生が、いかに貧しいかを、子供ごころにも常に案じているふうなのだ。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊織は、外へ出られるのがうれしかった。しかも使いの行く先が、柳生様だと思うと、手を振って歩きたくなった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あまりのうれしさに、頭もぼうとして。——お通は、なんだか、この世のことでないような心地がしてならなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それがうれしさに、甚助は、高い樹へ、高い樹へと、次第に望みを大きく育てて、長柄を小脇に、仰いで迫った。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前の晩、組頭の堀尾茂助からそう云い渡されていた三名は、どこへお供するのか、秀吉の出先はわからなかったが、ともかくうれしさに眠れないほどだった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
六条どのは、わざと来ぬが、くれぐれも、身をいとしめとのお言伝ことづて……。修行の一歩、こなたも、うれしくぞんずる。誓って、勉学しなければなりませぬぞ
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)