“次(じ)” の例文
帝は巍国公(ぎこくこう)徐輝祖(じょきそ)をして、京軍(けいぐん)三万を帥(ひき)いて疾馳(しっし)して軍に会せしむ。景隆、郭英、呉傑等(ら)、軍六十万を合(がっ)し、百万と号して白溝河(はくこうが)に次(じ)す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
わたくしはここに鷲津知事に随行した人々の中に婢妾(ひしょう)しげ次(じ)と呼ばれた女の加(くわわ)っていた事を書添えて置かなければならない。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
何(なん)でも第(だい)二次(じ)奉直戰爭(ほうちよくせんさう)の時(とき)などは自分(じぶん)の方(はう)の旗色(はたいろ)がよかつたせゐもあつただらうが、戰線(せんせん)のことは部下任(ぶかまか)せにして置(お)いて
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
同時(どうじ)に星火(せいくわ)を發(はつ)する榴彈(りうだん)二發(はつ)三發(ぱつ)空(くう)に飛(と)び、つゞいて流星(りうせい)の如(ごと)き火箭(くわせん)は一次(じ)一發(ぱつ)右方(うはう)左方(さはう)に流(なが)れた。
福山の兵は箱館より退いて青森に至り、棠軒が属する所の一部隊は油川村に次(じ)してゐるのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
肩に弥造(やぞう)を振り立ててはいって来たのは、長庵の相棒(あいぼう)、戸塚(とつか)の三次(じ)だ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
致されしが輕(かろ)からざる上意にて今は閉門(へいもん)の身となりけれど此事は中々(なか/\)打捨置難(うちすておきがた)き大事なれば公用人平石(ひらいし)次(じ)右衞門吉田(よしだ)三五郎池田大助(いけだだいすけ)の三人を招(まね)かれ申されけるは予は天一を贋者(にせもの)と思ひ定め再吟味の儀を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「三次(じ)——」と呼んだ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敵に遇(あ)わずして、軍食(ぐんし)足らざるに至る。帰路楡木川(ゆぼくせん)に次(じ)し、急に病みて崩ず。蓋(けだ)し疑う可(べ)きある也(なり)。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
二次(じ)出師表(すいしのひょう)
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四月、燕兵大名(だいみょう)に次(じ)す。王、斉泰(せいたい)と黄子澄(こうしちょう)との斥(しりぞ)けらるゝを聞き、書を上(たてまつ)りて、呉傑(ごけつ)、盛庸(せいよう)、平安(へいあん)の衆を召還せられんことを乞(こ)い、然(しか)らずんば兵を釈(と)く能(あた)わざるを言う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一(いつ)も恋(した)うべき無し、人の師たるものは貴を先にし富を先にして、文を以て次(じ)せず、師無きに如(し)かず、人の友たる者は勢を以てし利を以てし、淡を以て交らず、友無きに如かず、予門をふさぎ戸を閉じ
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)