敵愾心てきがいしん)” の例文
大江山警部は、帆村の力を借りたい心と、まだ燃えのこる敵愾心てきがいしんとにはさまって、例の「ううむ」をうなった。そのときかたわらに声があった。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おまけに、もえ夜具やぐぶろしきを上被うはつぱりにかけて、つゝんでた。ひとつはそれにたいする敵愾心てきがいしんくははつたので。……奮發ふんぱつした。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それでも金谷宿佗住居の段に進んで来ると、云いしれない敵愾心てきがいしんが胸いっぱいにみなぎって来て、かれの眼には残忍の殺気を帯びた。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その敵愾心てきがいしんの猛烈さにも、毛利勢はまず一泡吹いたが、より以上、彼等が苦闘に陥った理由は、この姫路の城下町が、他国の城下町とは
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殊に子供の敵愾心てきがいしんが強く現われて来たので、私は往来を歩いていて子供が石を投げやあしまいかと心配でたまりませんでした。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
その呟きが相手の敵愾心てきがいしんを激発した。岡田は苦悶の顔色すさまじく、最後の気力をふるって、遂に、劇薬のコップを唇につけた。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ルチアノ一味を、向うにまわして「冥路の国セル・ミク・シュア」を踏破する。怪無電の謎を解き魔境征服という以外にも、不義の徒に対する烈々たる敵愾心てきがいしん
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
……今まで一種の敵愾心てきがいしんをもって、どことなく折合いかねていた二人は、この伝説に着眼すると同時に、何もかも忘れて握手してしまった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ほとんど相撲になるのは一人もないような負けぶりでしたから、浦の漁師連のうちにも一種の敵愾心てきがいしんが湧き出して来たのはぜひもありません。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
西国の雄鎮として、共に率先して勤皇の大義を唱へた両藩の先覚者の間に、それほど深刻な敵愾心てきがいしんがあるとは思へない。話せば分るのである。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
だが、そこには栗鼠の毛皮の外套をつけた、僕にたいする敵愾心てきがいしんを青ざめた顔面に浮べた女性が寝台の柱に凭掛もたれかかっていた。
骨組のしっかりした男の表情には、憎悪と敵愾心てきがいしんが燃えていた。それがいつまでも輝いている大きい眼から消えなかった。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
目色、毛色が違うという事が、之程これほどまでに敵愾心てきがいしんを起させるものか。滅茶苦茶に、ぶん殴りたい。支那を相手の時とは、まるで気持がちがうのだ。
十二月八日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
敵愾心てきがいしんもなく、戦闘心もない、粋な観賞精神が、思わず弾と一緒に開いた響きである。私はこの世界を上げての戦争はもう戦争ではないと思った。
これではいけないとたとえ遠くからでも無理にも真佐子を眺めて敵愾心てきがいしんやら嫉妬やら、にくしみやらを絞り出すことによって、意力にバウンドをつけた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
人に対する反抗と敵愾心てきがいしんのために絶えず弾力づけられていなければられないような彼女は、小野田の顔を見ると、いきなり勝矜かちほこったように言った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こちらの胸のうちをのぞきこんだような堀の斡旋あっせんを考えると、あんなに好都合に行ったことが腹立たしく、むしろ敵愾心てきがいしんが刺激され、彼はうずうずした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ぼくは、かたくなに背を向けたままのその山口に、ある敵愾心てきがいしんをかんじた。彼に目もくれず、だからぼくも一人で壁に向かい、自分だけの慶早戦をはじめた。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
が、八五郎にしては、それがまたもどかしく何んとかして、平次の敵愾心てきがいしんをかき立てたくてたまらない樣子です。
の松陰の如きは、その血管中に敵愾心てきがいしん横溢おういつしたるにかかわらず、なお鎖国の小規模に陥らざりしもの、固より象山啓発の力、あずかりて大ならずんばあらず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
云い換えると、自分は兄をそれだけ軽蔑けいべつし始めたのである。席を立つ時などは多少彼に対する敵愾心てきがいしんさえ起った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
地方人に蹂躙じゅうりんせられた、本来江戸児とは比較にもならない頓馬とんまな地方人などに、江戸を奪われたという敵愾心てきがいしんが、江戸ッ子の考えに瞑々めいめいうちにあったので
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
敵愾心てきがいしんを燃え立たせ、いよいよ俺は勇み立った。ここはナイト・クラブとちがって門が厳重にしまっている。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
時代がようやく進んで全民族の宗教はいよいよ統一し、小区域の敵愾心てきがいしんなどは意味もないものになったが、それでも古い名残は今だって少しは認められる。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ややもするとこじれた反抗や敵愾心てきがいしんから一時的な満足を求めたり、生活をゆがんで見る事に興味を得ようとしたりする心の貧しさ——それが私を無念がらせた。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
手腕ある政治家はこの辺の消息に通じ巧みに国民の敵愾心てきがいしんを外に向けて国内の紛擾を避けることがある。
人類の生存競争 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
吉弥の病気はそうひどくないにしても、罰当り、ごうさらしという敵愾心てきがいしんは、妻も僕も同じことであった。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
その辺に転がっていた屍骸の鼻を缺いて来て桔梗の方の敵愾心てきがいしん挑発ちょうはつする道具に使ったのであろう。
しかし彼の敵愾心てきがいしんは人々を最初からてきと決めていたから、憎まれてかえってサバサバと落着いた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
それ故にまた重吉は、他の同輩の何人よりも、無智的な本能の敵愾心てきがいしんで、チャンチャン坊主を憎悪していた。軍が平壌へいじょうを包囲した時、彼は決死隊勇士の一人に選出された。
馭者の正勝は固く唇をみ締めながら馬を追った。彼の沼のような落ち着きのうちには、激しい敵愾心てきがいしんあらしのように乱れているのだった。彼はそれをじっと抑えつけていた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
しかし、また一方、この同じ心理がたとえば戦時における祖国愛と敵愾心てきがいしんとによって善導されればそれによって国難を救い戦勝の栄冠を獲得せしめることにもなるであろう。
蒸発皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
とりわけ、開きが多すぎて……といふ教師の言葉は、甘く心をくすぐる暇もなく、真正面から少年の自尊心を傷つけて、彼をして当てどのない敵愾心てきがいしんのやり場に困じさせた。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
そしてこのごろでは勝負などはどうでもいいなどと思っている久野までかなり激烈な敵愾心てきがいしんに支配されるようになった。こっちの艇は農科の前では努めてわざと力を抜いた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
この思ひがけない大胆な予言に彼らは暫くは目を見合はすばかりであつたが、やがてその笑止ながら殊勝な敵愾心てきがいしんはもはや組長の権威をも無視するまでにたかぶつてひとりの奴は仰山に
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
ある雑誌記者曰く、本間久は飜訳ばかりして創作は出来ぬ男だと。これに於てこの作ありと。即ち敵愾心てきがいしんの結果になれるものと覚候。原稿の価値は大したものにあらず少々物足らぬ様也。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
維也納ウインナのホテルを思い出す。臨時に金井君を連れて歩いていた大官が手を引張ったのを怒った女中がいる。金井君は馬鹿気た敵愾心てきがいしんを起して、出発する前日に、「今夜行くぞ」と云った。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
折柄おりから向うから来たのは、靜修庵せいしゅうあんの若い尼であった。阿Qはふだんでも彼女を見るときっと悪態をくのだ。ましてや屈辱のあとだったから、いつものことを想い出すと共に敵愾心てきがいしん喚起よびおこした。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
好奇心や敵愾心てきがいしんから無理に苦い酒に酔ってみようとはしなかったか。しかるに神を試みようという傲慢な心は、自ら求めて接触した悪魔の誘惑に反抗する剛健な心であることができたろうか。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
もちろん斬りかかる意志はなかったが、それは結局藤作の敵愾心てきがいしんと闘志をあおりたてることに役立っただけである。彼はほとんど無意識のうちに足元にころがっていた雨戸の支え棒を拾いあげた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
ましてさかんな敵愾心てきがいしんで燃えているような京都の空気の中へ、御隠居の同意を得ることすら危ぶまれるほどの京都へ、はたして藩主が飛び込んで行かれるか、どうかは、それすら実に疑問であった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうして綾子には「何を!」という反感と敵愾心てきがいしんを起こさしめていた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
フランス国民は、プロシヤに対して、盛んに敵愾心てきがいしんをもやし、しきりに「ベルリンへ! ベルリンへ!」と叫んでゐるのであつた。プロシヤをやつつけて、首府ベルリンまで陥落させよといふのだ。
風変りな決闘 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
それは日頃の敵愾心てきがいしんと自尊心を大いに満足させているようであった。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
不安と憎悪と敵愾心てきがいしんとが、ひとつになったものを感じたからである。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして萬事につけ敵愾心てきがいしんを揷むに至つた。小さな村のことではあり、このことはいて一村内の平和にも關係を及ぼさうかといふ勢になつた。で、當の兩個ふたりは全く夢中になつていがみ合はざるを得ない。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
敵愾心てきがいしん等々から生れた遣切れぬ奇蹟であろうか。
さようなら (新字新仮名) / 田中英光(著)
けれど、まるで自分を呪うために長生きしているかのようなこの老婆に対して、なぜか武蔵はそれほど強い憎しみも敵愾心てきがいしんも持たなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐怖心もどこかへ吹っとんでしまって「おのれ、敵の奴め、味方よ、撃て撃て!」と敵愾心てきがいしんで身体中が火のように燃える。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかも日本国に深い憎悪を抱き敵愾心てきがいしんを持ちつづけさせるように教育するのが、彼ブウリーの一生の仕事だったのです。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)