所々ところどころ)” の例文
藤沢はこう云いながら、手近の帳場机にある紙表紙の古本をとり上げたが、所々ところどころ好い加減に頁を繰ると、すぐに俊助の方へ表紙を見せて
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
門を出て、左へ切れると、すぐ岨道そばみちつづきの、爪上つまあがりになる。うぐいす所々ところどころで鳴く。左り手がなだらかな谷へ落ちて、蜜柑みかんが一面に植えてある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
木立の深い処には、人をるるに足るほどの天然の土穴つちあな所々ところどころに明いているので、二人はここへもぐり込んで、雨を避けながら落葉を焚いた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あの盗賊よけのガラス片は所々ところどころに飛んでもない大きな奴がありますから、場合に依っては、充分肺部に達する程の突傷を拵えることが出来ます。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わからないと母親おっかさんが云うもんですから……処々ところどころ拾い読みしてもらってもチンプンカンプンですから……ただ金兵衛さんの名前が所々ところどころに書いてあって
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
所々ところどころには、水増しの時できた小さな壺穴つぼあなあとや、またそれがいくつもつづいたあさみぞ、それから亜炭あたんのかけらだの、れたあしきれだのが、一れつにならんでいて
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
翌朝になると早速さっそく裏木戸や所々ところどころと人の入った様な形跡あとを尋ねてみたが、いずれも皆固くとざされていたのでその迹方あとかたもない、彼自ら実は少し薄気味悪くなり出したが
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
畳の隅の「みかん箱」の様なものの上に、水銀のはげた鏡と、栂のとき櫛の、歯の所々ところどころかけたのがめっかちのお婆さんの様にみっともなく、きたなくころがって居る。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
顔の所々ところどころしか写らない剥げた鏡の前で、膚ぬぎになった職工たちが、石鹸せっけんの泡とお湯をはね飛ばした。悍しい肩と上膊の筋肉がその度にグリ、グリッとムクレ上った。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
街燈に火がいた。町の所々ところどころ、殊に凱旋門のあるあたりには酸漿提灯ほおずきぢょうちんが点けてある。歩いている人の多数は公園の方へ向いてく。合奏の時間が近づいて来るのである。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
空濶くうかつな平野には、麦や桑が青々と伸びて、泥田をかえしている農夫や馬の姿が、所々ところどころに見えた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そうです西班牙スペインの神秘派の詩人、若くて生きているイバニエス氏の詩なんです。そうしてイバニエス氏は詩の所々ところどころを、いつもこんなように……にして、ぼかしてしまう癖を持っているのです。
対岸に茂っている木々は、Carnavalカルナヴァル に仮装をして、脚ばかり出したむれのように、いつの間にか夕霧に包まれてしまって駅路えきろ所々ところどころにはぽつりぽつりと、水力電気の明りが附き始めた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
葉子はそでを顔から放して、気持ちの悪い幻像を払いのけるように、一つ一つその看板を見迎え見送っていた。所々ところどころに火が燃えるようにその看板は目に映って木部の姿はまたおぼろになって行った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
所々ところどころうつくしい色彩いろどり貝殻かいがらにおいのつよ海藻かいそうやらがちらばっているのです。
ぐらぐらと揺れる一銭橋いちもんばしと云うのを渡って、土塀ばかりでうちまばらな、畠も池も所々ところどころ侍町さむらいまち幾曲いくまがり、で、突当つきあたりの松の樹の中のそのやしきに行く、……常さんのうちを思うにも、あたかもこの時、二更にこうの鐘のおと
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
障られない所々ところどころを、初対面のしるしにいじって遣る。
所々ところどころに見える灯は、どこかのりょう隠居所いんきょじょだの」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
石のおもてには所々ところどころけた所があるので、全く写しおわるまでにはすくなからぬ困難と時間とを要した。巡査もこんく待っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私のうちの古い門の屋根はわらいてあった。雨や風に打たれたりまた吹かれたりしたその藁の色はとくに変色して、薄く灰色を帯びた上に、所々ところどころ凸凹でこぼこさえ眼に着いた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
尤も今日は、刻限こくげんおそいせいか、一羽も見えない。唯、所々ところどころ、崩れかゝつた、さうしてそのくづれ目に長い草のはへた石段いしだんの上に、からすくそが、點々と白くこびりついてゐるのが見える。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それはあちこちの川のきしがけあしには、きっとこの泥岩が顔を出しているのでもわかりましたし、また所々ところどころ井戸いど穿うがったりしますと、じきこの泥岩そうにぶっつかるのでもしれました。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
二人は庭につくえ椅子いすを並べた料理屋の前に立っていた。公園の直ぐそばで、高い木立が白いきれを掛けた卓の上に枝をひろげている。所々ところどころに明りがいているが、その数が少いので、あたりは薄暗い。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
背材せたけはそうたかくはございませぬが、総体そうたい地色ぢいろしろで、それに所々ところどころくろ斑点まだらまじったうつくしい毛並けなみ今更いまさら自慢じまんするではございませぬが、まった素晴すばらしいもので、わたくしがそれにって外出そとでをしたときには
それでも所々ところどころ宅地の隅などに、豌豆えんどうつるを竹にからませたり、金網かなあみにわとりを囲い飼いにしたりするのが閑静にながめられた。市中から帰る駄馬だばが仕切りなくれ違って行った。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのあいだに大井は俊助の読みかけた書物を取上げて、い加減に所々ところどころ開けて見ながら
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたくしはすぐその帽子を取り上げた。所々ところどころに着いている赤土をつめはじきながら先生を呼んだ。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
川筋には青いあしが、隙間すきまもなくひしひしと生えている。のみならずその蘆の間には、所々ところどころ川楊かわやなぎが、こんもりと円く茂っている。だからその間を縫う水のおもても、川幅の割には広く見えない。
尾生の信 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)