怨嗟えんさ)” の例文
「もとよりのこと。仰せのごとき暴をなせば、上下しょうか怨嗟えんさをうけ、諸方の敵方に乗ぜられ、末代、殿の悪名はぬぐうべくもおざるまい」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その場で斬られるのが落ちで、怨嗟えんさと恐怖が、下町一パイに、夕立雲のように拡がって行くのを、どうすることも出来ない有様でした。
この男の呪いと怨嗟えんさの対象は、昔自分に一顧も払わなかったアンジェリカというその初恋の女にかかっていくらしく思われました。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
朝野ちょうやともようやく安堵あんどの思いをしたところ、またまた大兵を動かすとあっては諸大名の困窮、万民の怨嗟えんさはまことに一方ひとかたならないことで
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いわく大院君の虐政は一般民衆の怨嗟えんさの的になっている——そこで、たとえば失敗したグレタ号が大いそぎで川を下る途中でも
撥陵遠征隊 (新字新仮名) / 服部之総(著)
腹の底の奥深い所に、怨嗟えんさの情が動いておっても口にいうべき力のないはかないうらみだ。交際上の隠れた一種の悲劇である。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
その自体じたい中毒ちゅうどくで脳を刺撃するから人の神経が過敏症の病的となって不平怨嗟えんさ嫉妬しっと愚痴ぐちそんな事ばかり言って日を送る有様だ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
非常な怨嗟えんさの的となっていたうえに、もし彼の秕政ひせいを指摘して起つような者があれば、主君の権威にかくれて仮借なくその役を逐い罪におとした。
晩秋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自然発生的に高まりやがて無気力な怨嗟えんさにかわってゆく村民の心持の推移などを、作者は恐らく実地にあたって調査した上で書いているのであろう。
文芸時評 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
大規模の工事が相継いで起され過激な労働が強制されて、工匠石匠等の怨嗟えんさの声がちまたに満ちた。一時忘れられていた闘雞戯への耽溺も再び始まった。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
一線、やぶれて、決河の勢、私は、生れ落ちるとからの極悪人よ、と指摘された。弱い貧しい人の子の怨嗟えんさ嘲罵ちょうばほのおは、かつての罪の兄貴の耳朶みみたぶを焼いた。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
伝奇稗史の類の暴君にもまさる。いや、さような大名がおるから、民の怨嗟えんさを買うて、人心いよいよ幕府を
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
朝廷は怨嗟えんさまととなり、重税をのがれるための浮浪逃亡が急速に各地に起り、おのずから荘園はふとり、国有地は衰え、平安朝の貴族の専権、ひいては武家の勃興ぼっこう
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
身の振り方を考えるいとまもないうちに身の置き場をうしなっていた。悲憤や怨嗟えんさをととのえる余地も置かせない処分であった。そこで思いはこの蝦夷地に走ったのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
天保五年の正月においては、米百俵に附き百四十五両余の相庭そうばとなり、餓莩がひょう路に満つの状ありき。「黄金はなはだ重く天下軽し」、小民怨嗟えんさの声は、貴人の綺筵きえんに達せず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
デクレスはナポレオンの征戦に次ぐ征戦のため、フランス国の財政の欠乏の人口の減少と、人民の怨嗟えんさと、戦いに対する国民の飽満とを指摘してナポレオンに詰め寄った。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
悪辣あくらつなる丹造は、その跡釜へ新たに保証金を入れた応募者を据えるという巧妙な手段で、いよいよ私腹を肥やしたから、路頭に迷う支店長らの怨嗟えんさの声は、当然高まった。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
しかしてその最も大切なるものは、選挙である。全体国民が、今税が高い、あるいは政府は非常の悪政を行うという怨嗟えんさの声を放つのは、卑屈なる専制時代の国民の声であります。
憲政に於ける輿論の勢力 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
その他の考え方では天に対する怨嗟えんさと不合理の感じからせられることはできない。「ああ私は私が知らない昔悪いことをしたのだ、その報いだ」こう思うと、みずからひざまずかれる心地がする。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
免職された官吏や、用途のない精力や、傷ついた獅子ししのように自分の土地に隠退して死んでゆく古い貴族など、すべて権力や活動的生活から追われてる、敗北した人々や階級の怨嗟えんさではなかった。
が、たちまち一面に、民力の疲弊ひへいという暗いあえぎが社会の隅から夕闇のようにただよい出した。巷の怨嗟えんさ。これはもちろん伴ってくる。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
音楽は益々奔騰して、あらゆる呪いと怨嗟えんさと叱咤を続けました。それは人類への葬送行進曲であり、世界滅亡への前奏曲でもありました。
今の文学者の言論文章を読んでも多くは不平怨嗟えんさの声だ。ヒステリー患者のよまいごとに似ていて不平や怨嗟の声を発するのが文学者の本領と心得ている。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
おまえがもしおれの帷幄いあくにいれば、おれにもっとも近しい者として、おれの寵臣ちょうしんとして、家中の怨嗟えんさはおまえに集まるだろう、——おれはそうしたくなかった
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しん魏楡きゆの地で石がものを言ったという。民の怨嗟えんさの声が石を仮りて発したのであろうと、ある賢者が解した。すで衰微すいびした周室は更に二つに分れて争っている。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
何かしら自分がひどい大罪でも犯しているような気持になり、世間の誰もかれもみんな自分を恨みに恨んでいるような言うべからざる恐怖と不安と絶望と忿懣ふんまん怨嗟えんさと祈りと
禁酒の心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
怨嗟えんさの声天下に満ちていた頃であったから、もはや悔改くいあらための期熟せりと見たものであったろう。人を殺すを嗜まずとは、これを今日の語に換言すれば即ち人道である、正義である。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
敵の強さは、ごうも怖るるにたりないが——と前提して、龍興の行状、国内の不統一、民心の怨嗟えんさ、眼にみえない亡兆ぼうちょうを一々あげて
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
事志と違い、怨嗟えんさの府となった水野越前守も、自分の屋敷内から、主殺しの大罪人を出すに忍びなかったのでしょう。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「——あんなに百姓や町人の窮迫している土地も珍しい、あれこそ苛斂誅求かれんちゅうきゅうというやつでしょうが、到るところ怨嗟えんさの声で充満しているという感じでしたからね」
日日平安 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
先ず自分から人たるのつとめを実行しておいて他人の事をも言ねばならん。実行の人は常に愉快の心をもっておられるが不実行の人は多く不平や怨嗟えんさの声を発するようだね。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
今日、それがしを向けて、あなたに和睦わぼくを乞わしめようとする曹操の本志は、和議にあらず、ただ民心の怨嗟えんさ転嫁てんかせんための奸計かんけいです。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
農民たちの怨嗟えんさはどこへ向けられましょうか、……恐らく宇和島藩の御政治に長く恨みを遺すことでございましょう、八郎兵衛はそれを、御政治に向うべき遺恨を
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
百姓怨嗟えんさの的となっているのでした。
とまで、諸人の怨嗟えんさは露骨であったが、赫々かっかくたる時運に乗った寵臣の耳には、聞えもせず、聞えても、おそらく何の反省もなかったであろう。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが灰色になったあの髪の一筋ひとすじは、世間の怨嗟えんさ誹謗ひぼうを浴びながら、たゆまず屈せず闘ってきたあかしなのだ。都留は廊下のこちらから主計の姿を見やりながらそう思った。
晩秋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……そのため、貢税の時務を滞り、領民も怨嗟えんさの声を放っているとは、つい今日の夜明け方、わが陣中へ立ち寄った弾正忠定遠どのの話でもあった
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんな怨嗟えんさを、門の外に聞きながら、良平は屋敷の中で、腹をかかえて笑っていた。そして、他の連中と共に、奥の清十郎の居間へ入って行った。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すこしも自粛するところがなかったため、民衆は怨嗟えんさを放って、「一人の董卓が死んだと思ったら、いつのまにか、二人の董卓が朝廷にできてしまった」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もちろん、それは度重なる大敗からきた蜀軍への敵愾心てきがいしんであって、内部的な抗争や司馬懿に対する怨嗟えんさではない。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを、なおこの上にも一門の栄達ばかりを計り、すこしの善政も施さないでは、やがて、この西八条の大棟おおむねに、怨嗟えんさの炎が燃えつかずにはおるまいぞよ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くらわんとまで怨嗟えんさしている。おれもこの機会に、宦官かんがんどもをみな殺しにしようと思うが、諸公のご意見はどうだ
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当然、地方民の怨嗟えんさ糾弾きゅうだんの声が起った。そして中府の荊州にもこの非難が聞えてきたので、温厚な玄徳も
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「分別者のあんたからして、そう仰っしゃるなら、なんでこの楊志のみ、一同の怨嗟えんさをうけつつ無理な道中を好もうか。……したが、ここはどこかご存知か」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近年は、その真田伊賀守の家臣で、佐久間修理さくましゅりという名が、百姓たちの怨嗟えんさまとだった。修理は、号を象山しょうざんといい、学者で、砲術家で、経世家だと聞えている。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ不届きな凡下ぼんげとのみ見て、これを河原で首斬るなどは、見せしめにならんで、かえって御新政への怨嗟えんさになる——。これは、お辺のいうのが、ほんとのようだ
当然、苛税かぜい、悪役人の横行、そして貧富の差は、いよいよひどく、苦民の怨嗟えんさは、四方にみちてくる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし天下に今日のまつり怨嗟えんさするものがあれば、それは魏という幕府の専横にほかならぬことを、天人共によく知っておろう。たれか朕をうらみ、漢朝の変をねがおうや
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
要するに、怨嗟えんさは曹操にあつまっている。喰い物のうらみは強い。曹操は、糧米総官の王垢おうこうを呼んだ。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世はその悪政に怨嗟えんさしている。若いうずきは、一切でない。いまにみろ、とは閉門中も明け暮れつぶやいていたことだ。出たら暴れてやるぞ、とは腹でちかっていた程である。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)