きらい)” の例文
梓その時はその美しい眉も逆釣さかづッていたであろう。まさに洋燈を取って車の台になげうたむとする、めじりさがったのはまむしよりきらいな江戸ッ肌。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
江戸川縁えどがわべりに住んでいる啓吉けいきちは、いつものように十時ごろ家を出て、東五軒町ひがしごけんちょうの停留場へ急いだ。かれは雨天の日が致命的フェータルきらいであった。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
子供はまた「旦那のきらい大晦日おおみそか」という毬歌まりうたをうたった。健三は苦笑した。しかしそれも今の自分の身の上には痛切に的中あてはまらなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その遺臣論はしばらさしおき、私の身の進退は、前に申す通り、維新の際に幕府の門閥制度、鎖国主義が腹の底からきらいだから佐幕の気がない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
諸書に採録せられたこの逸事談は五山をして甚しく尊大の人たらしむるにあらざれば、枕山をしてほとんど礼を知らざるものたらしむるきらいがある。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
明治維新の行政庁は、名義を正すの目的をもって、かくのごとき官名の僭称せんしょうきらいあるあざなは一時禁ぜられたことがあります。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この度の選挙に既に多数の医師の候補者が現れているのはやや不自然のきらいはありますがるくない現象であると思います。
選挙に対する婦人の希望 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
私もあなたが好きだともいえないし、私はきらいだといったら怒るかも知れないし、先ず一苦労せねばならない処だった。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
艶といえば艶なようなものの、少しつき過ぎるきらいがある。ただし普通の春雨よりは、花の雨の方がいくらかいいかと思う。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
満山は信州の称呼で、上州の万座山に外ならない。白根山が上信の両国に跨るが如く描いてあるのは、誤でないにしても少しく誇張に失したきらいがある。
上州の古図と山名 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
しかしそう云っては生硬になるのがいやです。家常茶飯と云うと、また套語とうごきらいがある。それでも生硬なのよりはましだと思うのは、私だけの趣味なのです。
記載せられた一々の歴史的事実の間に脈絡がよくとれていないきらいがあるから、大勢の動いてゆく道すじがそれによって説明のできるような組みたてにすること
学究生活五十年 (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
石田は障子に穴のあるのがきらいで、一々自分で切張をしているのだから、この話を聞いていやな顔をした。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
此間このあいだ野球の勝負へ、一番好きなものを賭ける約束で、僕が勝つと、塩豆を買って来るじゃないか、そんなものはきらいだって言うと、でもこれは私が一番好きですからと言うんだ
青い眼鏡 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「エゴのない作家はきらいです。誰が何と云おうとも、たとえ全世界を捨てても……」
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
呉家の血統をつなぎ残すべく、姉との黙契の下に家出したるものにして、これあるがために、その行衛ゆくえ捜索に対する姉の態度は、稍々やや不熱心のきらいなきに非ざりしやの疑を存する余地あり。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
我らはわが内界に不抜ふばつの確信を豊強なる実験の上に築き、そしてまた同時にその外的表現に留意すべきである。外にのみ走りて浅薄になるおそれあると共に、内にのみひそみて狭隘きょうあいとなるきらいがある。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
われらのいはゆる文学はわれらがしばしば説明するが如きをいふなり。もしこれも文学といふ語が当らぬとならば美文となり言ふべし。字の定義などを説くは枝葉にわたるのきらいあればここに説かず。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「日本人に対し寛大に失せるのきらいあり」と、あとから叱られている。
が、私は、それだからヂュパンやホームズがきらいであるというのではない。どちらかというと私はそういう人間が好きであって、むしろ、彼等に近づき得ないのが悲しいといった方が適当かも知れない。
ヂュパンとカリング (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
美「お茶の御飯は私ゃきらい、赤のおまんまをお炊きなさいな」
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
命を取られる裁判に引き出されるのはきらいです。3715
顔や手足のきらいなくチクチク刺す。
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
私は性来しょうらい騒々そうぞうしい所がきらいですから、わざと便利な市内を避けて、人迹稀じんせきまれな寒村の百姓家にしばらく蝸牛かぎゅういおりを結んでいたのです……
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これ無用の徒事とじたるのみに非ず、複雑なる北斎の作品に関する複雑なる評論をして更に一層の繁雑をきたさしむるのきらいあればなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「見やしませんけれど、御覧なさいな。お茶台に茶碗がふさっているじゃありませんか、お茶台に茶碗を伏せる人は、貴下きらいだもの、父様も。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしそれはやや型にはまった見解で、哀れを強いるきらいがある。この句の場合はそう立入った気持でない、ああまた迷子があるな、という非人情的態度である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
当時辻本君の一行が命名したように大小スバリの名があったと考えることも余りに拘泥し過ぎるきらいがある。
人の性情にも体質にも万人共通の点すなわち類性と、個人独得の点即ち個性とがあります。前代の社会心理の公準は類性のみを見て人の全部だと誤解したきらいがありました。
女子の独立自営 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
老生のべんとする所は、慶應義塾の由来にき、げん少しく自負に似て俗に手前味噌てまえみそきらいなきにあらざれども、事実は座中諸君の記憶に存する通りいささかたがうことなく
人の死を説いて、直ちにその非を挙げんは、後言しりうごとめくきらいはあるが、抽斎の蔵書をして散佚さんいつせしめた顛末てんまつを尋ぬるときは、豊芥子もまた幾分のせめを分たなくてはならない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私は決してきらいなわけではないが、冬において私は日本服を着るのに際して、是非とも厚いシャツ二枚、ズボン下二枚を重ねて着込まなければならないのであるから悲しいのだ
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
僕の名前が新聞や雑誌に載ったりするのはしんからきらいだったらしいのです。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一体わたくしは荒々しい事はきらいでございますから
船頭が客人に、あなたは船が好きですかと聞いた時、好きもきらいも御前のかじの取りよう一つさと答えなければならない場合がある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紋は即ち往時家族制度の遺風なり。家族制度の弊を論じ個人主義を主張するの人紋所をつくるはいささ牴牾ていごきらいあるに似たり。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ですけれども、貴方嬰児あかんぼはいらないんでしょう、ぎゃあぎゃあ泣いて可煩うるさいから大きらいだって言ったじゃあありませんか。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仏蘭西フランス未来派のサンポワン女史が三、四年来、婦人自ら内にある女性を絶滅せねばならぬと叫んでいるのも、女性の一切を不純不良な物として誇張したきらいはありますが
婦人改造と高等教育 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
現在藁草履を穿いている様もべず、藁草履の新なことにも言及せず、ただ「元朝にはくべき物や」という風に語を下し来ったため、やや観念的にしたきらいはあるけれども
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
純一は画なんぞを見るには、分かっても分からなくても、人と一しょに見るのがきらいである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
且つかくの如く親近なる参考事例を他に発見し得ざるを以て、いささか脱線を共にするのきらいあれども特にここに記述し、併せてこの事件の真相が、呉一郎の夢中遊行発作によって一貫せられおる事実を
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わずかに三、五のものに就て大体を探究し、特に上州の一局部を精査したるに過ぎざれば、すべての古図皆しかりというは同じく危険なる結論に到達するのきらいなきに非ずと考えしも、一を以て他を類推し
古図の信じ得可き程度 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
正直を言えば僕は酸っぱい酒はきらいだ。
ほかの事なら一人の妹の事だから何でも聞くつもりだが、坊主だけは勘弁して貰いたい。坊主と油揚あぶらげは小供の時からきらいなんだから
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ペルヂンスキイもまた春信の色彩を以て曇りたる色となし、時としてあるひは平坦に過ぐるのきらいあれども、鮮明にして清楚なる感覚を与ふる力あり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
女房 (背をさする)若様は、歎悲かなしむのがおきらいです。御性急でいらっしゃいますから、御機嫌に障ると悪い。ここは、楽しむ処、歌う処、舞う処、喜び、遊ぶ処ですよ。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし性急な変で、今晩何処どこおうとなっては、郵便は駄目である。そんな時に電報を打つ人もあるかも知れない。これは少し牛刀鶏をきらいがある。その上いかめしい配達の為方しかたが殺風景である。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
坊さんの帰ったあとで御仙がその理由わけを聞くと、「何坊さんも早く寝た方が勝手だあね。宵子だって御経なんか聴くのはきらいだよ」
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お夏さんは朋友ともだちきらいだっていうんです、また番頭や小僧が罷出まかりでようという場じゃアありませんや。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
余の卑見ひけんを以てすれば、水をへだてて対岸なる古城の石垣と老松を望まんには、此方の堤に柳あるは眺望をさえぎりまた眼界を狭くするのきらいあるが故にむしろなきにくはない。