仮令たとひ)” の例文
旧字:假令
懺悔の形式を以て一種の告白小説の現れたのは、室町時代がはじめで、それ以前は仮令たとひあつたにしても、無意識で行つてゐたのである。
お伽草子の一考察 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
仮令たとひ我輩が瀬川先生を救ひたいと思つて、単独ひとり焦心あせつて見たところで、町の方で聞いて呉れなければ仕方が無いぢや有ませんか。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
仮令たとひ世間にては何と申し候とも、妻が貞操を守り居たりしことは小生の確信する所に有之、小生は死を以て之を証明する考に候。
若し此事真実に候はゞ、辞安仮令たとひ学問にけ候とも、其心術は憎むべききはみ可有之これあるべく候。何卒詳細御調査之上、直筆無諱いむことなく御発表相成度奉存候。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
此段御承引ごしよういん無之これなきに於ては、仮令たとひ、医は仁術なりと申し候へども、神仏の冥罰みやうばつも恐しく候へば、検脈の儀ひらに御断り申候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
而して之を中央に伝達する地方官吏にして、彼等人民を誤解し居るに至ては、中央当局者仮令たとひ賢明なりと雖も、豈に其の実情を知ることを得んや。
鉱毒飛沫 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
仮令たとひどんな事があらうとも、をんなしたいへ本当ほんたういへとしなければならぬとふことをひ聞かしてかへされたから
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
仮令たとひどんな海の穏かなときでも、渦巻に近寄らないやうにといふ用心だけは、少しも怠つたことはございません。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
○そこで仮令たとひ美酒蘭燈の間にゐて歌舞歓楽に一時の自分を慰めてゐても、何処かにこれを是認せぬものがある。つまり心が一つでなくて、二つになつてゐる。
日本大地震 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
仮令たとひ此状に不審ありとも一向宗の輩は和泉守に力を合せ兄淡路守をひ侍りしこと隠れもなし、されば檜垣の衆とても必定ひつぢやうかたきにて侍るものを早や/\誅戮ちうりくを加へてべとて
読書から帰納して得て来たものと、血肉からぢかに絞り出して得て来たものとでは、仮令たとひその内容は同じであつても、全然違ふものであることを我々は考へなければならない。
墓の上に墓 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
仮令たとひ良人にゆるし難き大失策があつても、基督の精神を以て其の罪をゆるす、と夫人の理想はまア出たいのであるが、かゝへあれど柳は柳哉、幾程いくら基督の精神を持つてゐる令夫人でも
未亡人と人道問題 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
仮令たとひ此方こなたにては知らぬ顔してあるべきも、いかでかの人の見付けて驚かざらん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
僕の知つた男にね、細君がいやになつて離縁を請求したものがある。所が細君が承知をしないで、わたくしは縁あつて、此家このうち方付かたづいたものですから、仮令たとひあなたが御厭おいやでもわたくしは決して出てまいりません
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
光景ありさまを眺めて居た丑松は、可憐あはれな小作人の境涯きやうがいを思ひやつて——仮令たとひ音作が正直な百姓気質かたぎから、いつまでも昔の恩義を忘れないで
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
わしも篠田と云ふ奴を二三度見たことがありますが、顔色容体全然まるで壮士ぢやワせんか、仮令たとひ山木の娘が物数寄ものずきでも、彼様男あんなものゆかうとは言ひませんよ、よし
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
かの本地垂迹説を単に山家サンケ南山ナンザンの両大師あたりの政略であつた様に言ふ歴史家の見解は、仮令たとひ結果が一に帰するにしても、心理的根拠から、我々の頗る不服とするところであつて
髯籠の話 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
仮令たとひ最も大きい戦闘艦でも、この恐ろしい引力の範囲内に這入つた以上は、丁度一片の鳥の羽が暴風あらしに吹きまくられるやうに、少しの抗抵をもすることなしに底へ引き入れられてしまつて
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
其秘密をかくして居る以上は、仮令たとひ口の酸くなるほど他の事を話したところで、自分の真情が先輩の胸にこたへる時は無いのである。無理もない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
兼吉さんと米ちやんとのお話を承はつてる中に、私の心が妙な風に成つて来ましてネ、仮令たとひ女性をんな節操みさをけがしたものでも、其が自分の心から出たのでないならば
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
島の木立ちに、仮令たとひ忘れた様にでも、桜の花がまじり咲いた。
若水の話 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
仮令たとひ方寸に在らうが、国家の公事ぢや、君等は一家の私事さへもグツ/\して居るぢや無いか」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)