仔細しさい)” の例文
「今朝の味噌汁みそしるが惡うございました。飯にも香の物にも仔細しさいはなかつた樣子で、味噌汁を食はないものは何ともございませんが——」
改められ、死罪となりましたに就き、どのような仔細しさいがございましたものか、また……死に際のことなどお伺い申したいと存じまして
城中の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あの小笛には仔細しさいがあって、余人にはただの小笛にすぎないが、私にとっては、すべての宝とかえることも敢て辞さないものなのだ。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
だから文学者の仕事もこの分化発展につれてだんだんと、朦朧もうろうたるものを明暸に意識し、意識したるものを仔細しさいに区別して行きます。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして時々仔細しさいらしく頭を動かしてあちらを向いたりこちらを向いたり、仰向あおむいたり俯向うつむいたりするのが実に可愛い見物である。
鴉と唱歌 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
(笠を取る。)仔細しさいもなしに喧嘩を売る、おのれ等のやうなならずものが八百八町にはびこればこそ、公方様くばうさまお膝元が騒がしいのぢや。
番町皿屋敷 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
その頃村山龍平むらやまりゅうへいの『国会新聞』てのがあって、幸田露伴と石橋忍月いしばしにんげつとが文芸部を担任していたが、仔細しさいあって忍月が退社するので
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ふりかえって主人に掛軸の因縁などを、にやにや笑ったりせず、仔細しさいらしい顔をして尋ねると、主人はさらに大いに喜ぶのである。
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
どう思ったか毛利もうり先生が、その古物の山高帽やまたかぼうを頂いて、例の紫の襟飾ネクタイ仔細しさいらしく手をやったまま、悠然として小さな体を現した。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
……お前さんに漕げるかい、と覚束おぼつかなさに念を押すと、浅くて棹が届くのだから仔細しさいない。ただ、一ケ所底の知れない深水ふかみずの穴がある。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして仔細しさいにその錯綜さくそうの跡を検すれば、二語は久しく併存し、その択一は単なる小区域の流行であったことが知れるからである。
「まあ、何がどうしたことやら、仔細しさいも聞かずに去状もらいましたと親許おやもとへ戻る女がありましょうか、お戯れにも程がありまする」
「微行も微行、一切、人目を怖れるひそかな途中だ。わけてここは諸国の者の出入りのはげしい港町。はやくせい。仔細しさいはあとで話すから」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
源「黙れ左様な無礼な事を申して、し用があったらどう致す、イヤサ御主人がお留守でも用の足りる仔細しさいがあったらうする積りだ」
仔細しさいたずねている余裕はない。ともかく助け出さなければならぬ。四人の書生が手分けをして、一郎救い出しの作業がはじまった。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
したが、こゝな浮氣者うはきもの、ま、わしと一しょにやれ、仔細しさいあって助力ぢょりきせう、……この縁組えんぐみもと兩家りゃうけ確執かくしつ和睦わぼくへまいものでもない。
たしかに河の出口にある古びた街であったけれども、仔細しさいに見れば海からは少からず逆のぼって、さけますの漁場から川上になっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そして事務長がはいって来た時途切らした話の糸口をみごとに忘れずに拾い上げて、東京をった時の模様をまた仔細しさいに話しつづけた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
勿論一人一人を仔細しさいに観るならおの/\の身分や趣味がちがまゝに優劣はあらうが、概して瀟洒あつさり都雅みやびであることは国人の及ぶ所で無からう。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
これには何か深い仔細しさいがなくてはかなわぬと先刻から眼惹き袖引き聴耳立てていた周囲まわりの一同、ここぞとばかりに犇々ひしひしと取り巻いてくる。
母は十分に口がけなくなッたので仕方なく手真似で仔細しさいを告げ知らせた。告げ知らせると平太の顔はたちまちに色が変わッた。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
いまこの新造巡洋艦しんざうじゆんやうかんきみ愛兒あいじ日出雄少年ひでをせうねんなにかの因縁ゐんねんあるごとく「」と命名めいめいされてるのはなにふか仔細しさいのあるではありませんか。
貫一は知らざる如く、彼方あなたを向きて答へず。仔細しさいこそあれとは覚ゆれど、例のこの人の無愛想よ、と満枝はよそに見つつもあはれ可笑をかしかりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼女は、幸福そのものの顔になって、いまはなんの臆するところもなく、そのひとつひとつの男の顔を、つぎつぎと仔細しさいにみつめつづけた。
箱の中のあなた (新字新仮名) / 山川方夫(著)
教誨師が仔細しさいらしくうなずいて帰ったあとで、掃除夫そうじふの仕事をここでやっている、同じ病人の三十番が太田にくのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
久野は何だか自分の艇も誰れかに偵察ていさつされてるような気がして、仔細しさいに両岸を望遠鏡で調べた。しかしそれらしいものは誰れもいなかった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
「ちと仔細しさいあって、宮内殿に我々夫婦がきたということは知らせたくない。それに訪れるとしても帰途でござるから、沙汰なしに願いたい」
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
信一郎は、群衆を擦りけて、馬車の止まった方へ近づいた。次ぎ/\に、馬車を降りる一門の人々を、仔細しさいに注視しようとしたのである。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
なお仔細しさいに観察すると、チベット政府部内でも真実にロシアに対して心を寄せて居るのは法王と長官宰相シャーター二人くらいの者である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
これが私の最初の弟子で、弟子中では最も古参であります。国吉は後に仔細しさいあって旧姓山本に復し山本瑞雲と号したのです。
禽獣きんじゅう魚介木石の生活をも蔑視してはならぬ、これらのものが各自それぞれの生活をいとなむありさまを仔細しさいに観察するのは
『グリム童話集』序 (新字新仮名) / 金田鬼一(著)
もっとしかつめらしい顔をして、仔細しさいらしい事を言おうとするのである。だから、書かぬ先から、余計な事だと言われそうな気おくれがする。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
どうしたのかと仔細しさいに博士の身体を見れば、ネクタイが跳ねあがったようにソフトカラーから飛びだして頸部けいぶにいたいたしく喰い入っている。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その顔に仔細しさいらしい表情を浮かべて、上唇を下唇でかくしたまま、勝負がつづいている間じゅう、その容子ようすを変えなかった。
願ひ候といふに常樂院は兩人の言葉ことばを聞て打笑乍うちゑみながら申けるは成程仔細しさいしらねばおどろくも無理ならずされども御表札ごへうさつ御紋付ごもんつきの幕を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
無断退去は不都合とは申せ、それにも仔細しさいのござること、しかし細々こまごま申さずともそこは賢明の地丸殿のこと、ご推量くださるでござりましょう
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ええ、そんな恐ろしい眼の色をせぬものよ——最前からまだ話もしなかったが、この鐘には、仔細しさいあって悪蛇の執念が久遠にかかっているのだ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
これも仔細しさいに眺めていると、種族の知性と論理の国際性との分別し難い暗黒面から立ち昇っている濛濛もうもうとした煙であった。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そしてミツちやんが、わあんと泣き出しても、みむきもせず、弓の工合ぐあひが悪くなりはしなかつたかどうか、仔細しさいに調べた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
幸子をテラスの明るい所へ引っ張り出して疾患部を仔細しさいに見、ふん、これは蚋やないで、南京虫ナンキンむしやで、と云うのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たとへ人の偶然事のみとして雲煙看過するの事件も、仔細しさいに観来れば奥底必ず不動の磐坐ばんざのあるありて、未だかの長汀波上の蜃気楼台しんきろうだいからず。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
片足を水に入れては躊躇し、また片足を水につけては首をひねり、何やらすこぶる煩悶のていに見えるのは、実に次のような仔細しさいのある事であった。
野性に圧された重たい麻衣の上に少しばかりの柔靭じゅうじんさが加わったとすれば、あの不思議な縫糸と自然な運針とを仔細しさいにあらためて見ねばならない。
一週間ほど経って、あつらえた靴が届けられた。と、父はその靴を手に取って、仔細しさいにその出来をながめながら賢に言った。
「別に仔細しさいはなかろうとは思いますがそう申せば大分お帰りがお遅いようだ。事によったらお屋敷で御酒ごしゅでも召上ってるのではざいますまいか。」
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
要は、料理のために料理のことを知る、それよりほかに手はない。そうしてほかの先生を仔細しさいに検討してみるといい。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
その細かな白い花を仔細しさいに見ていたが、しまいには、なんということもなしに、そのふっさりと垂れた一と塊りを掌のうえに載せたりしてみていた。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ことに俳句というものが起ってからは歳時記というものが段々発達して来て、四季の現れを仔細しさいに記録しております。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
はにかんで目を見合せぬようにしたり、返事を手間取らせたりすることは最初にもあったが、今晩なんぞの素振には何か特別な仔細しさいがありそうである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
また課長殿に物など言懸けられた時は、まず忙わしく席を離れ、仔細しさいらしく小首を傾けてつつしんで承り、承り終ッてさて莞爾にっこり微笑してうやうやしく御返答申上る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)