上草履うわぞうり)” の例文
新らしい上草履うわぞうりを買ってはいていると、受持ちの図画の市河と云う教師に呼ばれて、その草履は誰それのものではないかと云われた。
私の先生 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
彼は上草履うわぞうりの音をわざとらしく高く鳴らして、自分の室に入るや否や、「やっと済んだ」と云った。自分は「どうだった」と聞いた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしその言葉が終らない内に、もうそこへはさっきの女中が、ばたばた上草履うわぞうりを鳴らせながら、泣き立てる赤児あかごきそやして来た。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「待て、あんな恰好で逃げ出す人間があるものか、トボトボと地獄へでも行く人の姿じゃないか。あッ上草履うわぞうりを履いたきりだ。八」
そこへ来ると、上草履うわぞうり綺麗きれいに一足脱ぎ揃えてあるのを見て、ホッと安心したような思い入れで、外からそっと障子を引き
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
云うより早く、彼女は木履サボも穿かずに、上草履うわぞうりを突かけたままで不意に外へ飛びだすと、駆けるようにして真直に停車場のある町の方へ行った。
情状酌量 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
足が、障子の合せ目に揃えて脱いだ上草履うわぞうりにかかった……当ったのです。その蹈心地。ほんのりと人肌のぬくみがある。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
葉子はやむを得ず、かつかつと鳴る二人のくつの音と、自分の上草履うわぞうりの音とをさびしく聞きながら、夫人のそばにひき添って甲板かんぱんの上を歩き始めた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
と云ううちに浅黄色の垂幕をからげて出て来た。生々しい青大将色の琉球飛白がすりを素肌に着て、洗い髪の櫛巻くしまきに、女たちと同じ麻裏の上草履うわぞうり穿いている。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
手水場ちょうずば上草履うわぞうりいて庭へり、開戸ひらきを開け、折戸のもとたゝずんで様子を見ますと、本を読んでいる声が聞える。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
廊下には上草履うわぞうりの音がさびれ、台の物の遺骸を今へやの外へ出している所もある。遥かの三階からは甲走ッた声で、喜助どん喜助どんと床番とこばんを呼んでいる。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
りよは着換えぬうちで好かったと思いながら、すぐに起って上草履うわぞうり穿いて、廊下づたいに老女の部屋へ往った。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
廊下には上草履うわぞうりの音がさびれ、台の物の遺骸いがいを今へやの外へ出しているところもある。はるかの三階からは甲走ッた声で、喜助どん喜助どんと床番を呼んでいる。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
涼しい雨がやって来て離座敷はなれの縁先をぬらすような日もあった。雨はよく深いひさしの下まで降り込んだ。母屋おもやへ通う廊下のところなぞは上草履うわぞうりでも穿かなければ歩かれなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
食事の時にはとても座ってうなんとうことは出来た話でない。足も踏立ふみたてられぬ板敷いたじきだから、皆上草履うわぞうり穿はいたって喰う。一度は銘々にけてやったこともあるけれども、うは続かぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
間夫まぶ」、「結び文」、「床へさし込むおぼろ月」、「櫺子れんじ」、「胸づくし」、「とりくまで」、「手管てくだ」、「口舌くぜつ」、「よいの客」、「傾城の誠」、「つねる」、「廊下をすべる上草履うわぞうり
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
朝のさわやかな心持に、勝平は昨夜の不愉快な出来事を忘れていた。尨大ぼうだいな身体を、寝台から、ムクムクと起すと、上草履うわぞうりを突っかけて、朝の快い空気に吸い付けられたように、縁側ヴェランダに出た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
社へ行くと、下足番のじいさんが、彼の上草履うわぞうりを出しながらにやにや薄笑いして何か彼に言いそうにした。彼は何か言われないうちにと努めて不愛そうな顔つきをして急いで梯子段を上った。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
我等もことごとく下駄のままあがった。上草履うわぞうり素足すあしで歩くような学校じゃないのだから仕方がない。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同じ露地の隅田川の岸には娼妓じょろうの用いる上草履うわぞうりと男物の麻裏草履とが脱捨ててあッた事が知れた。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大塚さんはその食卓の側に坐って、珈琲コーヒーでも持って来るように、と田舎々々した小娘に吩咐いいつけた。廊下を隔てて勝手の方が見える。働好きな婆さんが上草履うわぞうりの音をさせている。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その跡にはただ長い廊下に、時々上草履うわぞうりを響かせる、女中の足音だけが残っている。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
上草履うわぞうり爪前つまさき細く※娜たおやかに腰を掛けた、年若き夫人が、博多の伊達巻だてまきした平常着ふだんぎに、おめしこん雨絣あまがすりの羽織ばかり、つくろはず、等閑なおざり引被ひっかけた、の姿は、敷詰しきつめた絨氈じゅうたん浮出うきいでたあやもなく
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
かつらのまま楽屋から出口まで飛び出して来て我輩に上草履うわぞうりを進めたりなどする態度は甚だ慇懃いんぎんのものだ、しかしもう開幕間際だったから、楽屋へは行かず直ちに桟敷さじきに出て見物したが
生前身後の事 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おりからじめじめと降りつづいている五月雨さみだれに、廊下には夜明けからの薄暗さがそのまま残っていた。白衣を着た看護婦が暗いだだっぴろい廊下を、上草履うわぞうりの大きな音をさせながら案内に立った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
其の内華魁が上草履うわぞうり穿いて跡尻あとじりから廻って参りますのを見て。
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
がらりと障子を明けて、赤い鼻緒はなお上草履うわぞうりに、カシミヤの靴足袋くつたびを無理に突き込んだ時、下女が来る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私も、さっさと台所を片付けたいと思い、鍋は伏せ、皿小鉢は仕舞い、物置の炭をかんかん割って出し、猫の足跡もそそくさといて、上草履うわぞうりを脱ぎまして、奥様の御部屋へ参りました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いたいたしいと言えば、それがね、素足に上草履うわぞうり
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
このむねに不自由な身を託した患者は申し合せたように黙っている。寝ているのか、考えているのか話をするものは一人もない。廊下を歩く看護婦の上草履うわぞうりの音さえ聞えない。
変な音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そののち患者は入れ代り立ち代り出たり入ったりした。自分の病気は日を積むにしたがってしだいに快方に向った。しまいには上草履うわぞうり穿いて広い廊下をあちこち散歩し始めた。
変な音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)