向嶋むこうじま)” の例文
明治の末、わたくしが西洋から帰って来た頃には梅花は既に世人の興をくべき力がなかった。向嶋むこうじま百花園ひゃっかえんなどへ行っても梅は大方枯れていた。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
青年甲 その男は東京の日本橋で稲川という酒屋の息子だが、先月の十七日、旧暦の十五夜の晩に、なじみのカフェーの女給を向嶋むこうじまへ連れ出して、ピストルで撃ち殺したんだ。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大正十二年九月震災の火で東京の市街が焼払われてからのちの事で、それまでは向嶋むこうじまにも土手があって、どうにか昔の絵に見るような景色を見せていた。
水のながれ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
戦災の後、東京からさして遠くもない市川の町の附近に、むかしの向嶋むこうじまを思出させるような好風景の残っていたのを知ったのは、全く思い掛けない仕合せであった。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
車は吾妻橋をわたって、広い新道路を、向嶋むこうじま行の電車と前後して北へ曲り、源森橋げんもりばしをわたる。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
両国から向嶋むこうじま永代えいたいから品川の砲台あたりまで漕ぎ廻ったが、やがて二、三年過るとその興味も追々他に変じて、一ツ舟に乗り合せた学校友達とも遠ざかり、中には病死したものもあるが
向島 (新字新仮名) / 永井荷風(著)