“はちやよりたか”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
蜂屋頼隆80.0%
蜂谷頼隆20.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
月の末近くには、神戸かんべ信孝、北畠信雄の一門もそろい、以下、柴田勝家、羽柴秀吉、丹羽にわ長秀、細川藤孝ふじたか、池田信輝、筒井順慶、蒲生氏郷がもううじさと蜂屋頼隆はちやよりたかなど、あらかた到着していた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、床几しょうぎへ取りよせて、それをすぐ使番頭安藤惣五郎に手渡し、即刻、播磨はりまへ早打せよといいつけた。その早打がまだここを出ないうちであった。麓から蜂屋頼隆はちやよりたかがのぼって来た。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが帰ったと思うと、佐々成政さっさなりまさが立ち寄り、蜂谷頼隆はちやよりたかが訪い、市橋九郎右衛門と不破河内守ふわかわちのかみが同道して見え、京都の貴顕きけんから使いやら、近郷の僧俗から、種々くさぐさの物を持って
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)