たけなわ)” の例文
また宴席、酒たけなわなるときなどにも、上士がけんを打ち歌舞かぶするは極てまれなれども、下士はおのおの隠し芸なるものを奏してきょうたすくる者多し。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それを言えば愚痴ぐちになってしまう。彼は一言もそれについてはいわなかった。ただ、宴たけなわにして堪えかねて立上がり、舞いかつ歌うた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
興もたけなわで、べつな客とあるじのわらい声が大どかにながれ、数寄屋の孤客にはいつ目通りを与えるのやら、気にとめているふうもなかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかるに酒たけなわに耳熱して来ると、温鍾馗は二公子を白眼にて、叱咤しった怒号する。それから妓に琴を弾かせ、笛を吹かせて歌い出す。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
花聟と花嫁は宴たけなわに至らずして外の室に移されてしまう。この始めの酒宴で日本のように三々九度というような交盃こうはいの式はない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
くれない弥生やよいに包む昼たけなわなるに、春をぬきんずるむらさきの濃き一点を、天地あめつちの眠れるなかに、あざやかにしたたらしたるがごとき女である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ところが、宴たけなわなるに及んで、久保田先生は、もう大分酔って居られたが、「おいおい、ボクに、カツレツとって呉れよ」と仰有おっしゃるではないか。
食べたり君よ (新字新仮名) / 古川緑波(著)
数行すうこう主客しゅかくともに興たけなわとなり、談論に花が咲き、元気とか勝気かちきとかいさましい議論の風発せるあいだに、わが輩は退席せんとして玄関に出た。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
それから信州が尽きて美濃に入っては、気候もいよいよ春のたけなわなる様子となって、始めて普通の人間世界に出た気がした。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
後で、知ったことですが、これは中堂へ火が掛かったのであって、ちょうどその時戦争のたけなわな時であったのであります。
欧洲大戦の正にたけなわなる頃、アメリカのイリノイス大学の先生方が寄り集まって古代ギリシアの兵法書の翻訳を始めた。
変った話 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
飾磨しかま郡増位山随願寺の会式えしきで僧俗集まり宴たけなわなる時、薬師寺のちご小弁は手振てぶりに、桜木の小猿という児は詩歌で座興を助けるうち争論起り小猿打たる
上家をはじめ他の人達がよく注意して居れば勿論こんな馬鹿馬鹿しい胡魔化ごまかしにはかからないが、すこしたたかいたけなわになって来ると、よくこれが行われる。
麻雀インチキ物語 (新字新仮名) / 海野十三(著)
日清戦争はますますたけなわとなって『日本新聞』からは沢山の記者が既に従軍したが、なお一人を要するという時に居士は進んでこれに当ることになった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
秩父ちちぶ連山雄脈、武蔵アルプスが西方に高くそびえて、その背後に夕映の空が金色にかがやいている、それから東南へ山も森も関東の平野には今ぞ秋がたけなわである
声に応じて、種々いろいろな料理が運び込まれ、酒宴はたけなわになる。姫は暗然と俯向いたまま、なにひとつ口にしない。
五月七日、幸村は最後の戦場を天王寺附近と定め、城中諸将全部出でて東軍を誘致して決戦し、一隊をして正面の戦たけなわなる時迂回して背後を衝かしめんとした。
大阪夏之陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
鴉片戦争もたけなわとなった。清廷の譎詐きっさと偽瞞とは、云う迄もなくよくないが、英国のやり口もよくないよ。
鴉片を喫む美少年 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ノブ子が日本に到着する以前から初まっておりました欧洲大戦は正にたけなわとなっておりまして、聯合国側と独逸ドイツ側と、いずれも絶体絶命のところまで押し詰め合って
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
歓楽が漸くたけなわになろうと言う時、不意に切支丹坂の方から、澄み切った夜の空気に響き渡って、凛々と聖なる歌と尊い祈りの声が、いとも高らかに聞えて来たのでした。
ここに山部やまべの連小楯おだてが播磨の國の長官に任命されました時に、この國の人民のシジムの家の新築祝いに參りました。そこで盛んに遊んで、酒たけなわな時に順次に皆舞いました。
この代金はしめて七円あまりであった。日華のいくさはようやくたけなわであったけれど、まだまだ物価の安い時勢であった。私はその時この瀬戸物屋の主人から渋い印象を受けた。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
たけなわなる汐時しおどき、まのよろしからざる処へ、田舎の媽々かかあ肩手拭かたてぬぐいで、引端折ひっぱしょりの蕎麦そばきり色、草刈籠くさかりかごのきりだめから、へぎ盆に取って、上客からずらりと席順に配って歩行あるいて
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たけなわニシテ詩ヲ賦シ筆ヲ下スコト縦横、大篇たちドコロニル。駿発しゅんぱつ一座ヲ驚ス。子寿指シテ余ニ告ゲテ曰クコレ房州ノ鱸子彦之ろしげんしナリト。予心ひそかニコレヲ奇トス。乃チともニ交ヲ訂ス。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
秋もたけなわなる十一月下旬のある夜、××楼の二階で、「怪談会」の例会が開かれた。
暴風雨の夜 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
それは兎も角、無言の酒宴は、今やたけなわと見えました。言葉を発するものこそありませんけれど、室内はグラスの触れ合うひびききぬずれの音、言葉をさぬ人声などで、異様にどよめいて来ました。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私が或る特殊な縁故を辿たどりつつ、雑司ぞうし鬼子母神きしもじん陋屋ろうおくの放浪詩人樹庵次郎蔵じゅあんじろぞうの間借部屋を訪れたのは、あたかも秋はたけなわ、鬼子母神の祭礼で、平常は真暗な境内にさまざまの見世物小屋が立ち並び
放浪作家の冒険 (新字新仮名) / 西尾正(著)
ジオンのたたかいたけなわなるに我は用なきつわものなれば独り内に坐して汗馬かんばの東西に走るを見、矢叫やさけびの声、太鼓の音をただ遠方に聞くにすぎず、我は世に立つの望み絶えたり、また未来に持ち行くべき善行なし
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
遼陽の攻撃戦がたけなわなる時、私は雨の夕暮に首山堡しゅざんぼうの麓へ向った。その途中で避難者を乗せているらしい支那人の荷車に出逢った。左右は一面に高粱こうりょうの畑で真中まんなかには狭い道が通じているばかりであった。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「戦今やたけなわさ。イヨ/\チョッカイから正々堂々の陣に入った」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
この二三日ですっかり秋色たけなわになった。
ああ、だが、今は今は歓楽のたけなわである。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
闘いは、たけなわとなった。
越後の闘牛 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
たけなわの頃私は起き上り
アイヌ神謡集 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
之をたとえば熟眠、夢まさたけなわなるのとき、おもてにザブリと冷水を注がれたるが如く、殺風景とも苦痛とも形容のことばあるべからず。
人生の楽事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
典膳が、師一刀斎についた年は、弘く天下を観ると、ちょうど、羽柴秀吉の中国軍が、いまやその攻略に、たけなわなる頃だった。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「若いうちは七分五厘まで引きました。しは存外今でもたしかです」と左の肩をたたいて見せる。へさきでは戦争談がたけなわである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
例の如く文人、画師えし、力士、俳優、幇間ほうかん芸妓げいぎ等の大一座で、酒たけなわなるころになった。その中に枳園、富穀、矢島優善やすよし、伊沢徳安とくあんなどが居合せた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
季節はたけなわの春であった。四條の西壬生にしみぶの壬生寺では、壬生狂言があるというので、洛内では噂とりどりであった。そうして嵯峨の嵯峨念仏は、数日前に終わっていた。
血ぬられた懐刀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一千年前に死んだ呉青秀の悪霊と、現代に生きている正木博士の科学知識との闘争たたかいは今たけなわなんだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
義元の酒宴たけなわである頃信長の兵は田楽狭間を真下に見る太子ヶ根の丘に在った。田楽狭間は桶狭間へ通ずる一本道の他は両側共に山で囲まれて居る。こうなると義元は袋のなかの鼠である。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
烏啼天駆うていてんくといえば、近頃有名になった奇賊であるが、いつも彼を刑務所へ送り込もうと全身汗をかいて奔走ほんそうしている名探偵の袋猫々ふくろびょうびょうとの何時果てるともなき一騎討ちは、今もなおたけなわであった。
城の他の部分で攻防戦のたけなわなる模様。下手は断崖につづける望楼ものみの端、一個処、わずかに石を伝わって昇降する口がある。上手の扉から金の国(支那)の商人が従者を伴れて、這うように出て来る。
丸屋の嫁お雪を殺した下手人は、秋たけなわになっても見当が付きません。
が、年々春もたけなわになると、おなじ姿の陽炎かげろうが立つといいます。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
戦いこれからたけなわになる。
或良人の惨敗 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
奥の八畳の座敷に、二人の客があって、酒たけなわになっている。座敷は極めて殺風景に出来ていて、床の間にはいかがわしい文晁ぶんちょう大幅たいふくが掛けてある。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と、思い、敢えてやり過しておいて、戦いたけなわと見るや、退路をって、包囲をちぢめて来たものにちがいない。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほのおのように紅いはぜ紅葉、珊瑚さんごのような梅もどき、雁来る頃に燃えるという血よりも美しい鶏頭花、楚々たる菊や山茶花さざんかの花——庵室の庭は花咲き乱れ秋たけなわの眺めである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
六樹園が若菜屋へ着いた時は宴はもうたけなわであった。おんなに案内されてその座敷へ通ろうとした六樹園は、ふとその席から六樹園六樹園と自分の名が洩れて来るのを聞いて縁の障子のかげに足をとめた。
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)