蝙蝠かわほり)” の例文
「さてはその蝙蝠かわほりの翼、山羊の蹄、くちなわうろこを備えしものが、目にこそ見えね、わが耳のほとりにうずくまりて、みだらなる恋を囁くにや」
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蝙蝠かわほりのような怪しい鳥が飛んで来て、蝋燭の火をあやうく消そうとしたのを、重太郎は矢庭やにわ引握ひっつかんで足下あしもとの岩に叩き付けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その深さが何万尺あるか測られない、この中に何か潜力的ポーテンシアルな、巨大な物が潜んでいる、そうして生物を圧迫する——化性けしょう蝙蝠かわほりでも舞い出そうだ。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
福澤が蝙蝠かわほり傘一本で如何いかに士族の仮色こわいろを使うても、之に恐るゝ者は全国一人もあるまい。れぞ文明開化のたまものでしょう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その時代助の脳の活動は、夕闇を驚ろかす蝙蝠かわほりの様な幻像をちらりちらりと産み出すに過ぎなかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もとより世間見ずの小天地に棲息せいそくしては、鳥なき里の蝙蝠かわほりとは知らんようなく、これこそ天下の豪傑なれと信じ込みて、最初は師としてその人より自由民権の説を聴き、敬慕の念ようやく長じて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
西へ西へと志して爪探りに進み行けば、蝙蝠かわほり顔に飛び違い、清水の滴々したたりはだえとおして、物凄きこと言わむ方無し。とこうして道のほど、一町ばかり行きける時、はるかふくろうの目のごとき洞穴の出口見えぬ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
青柳に蝙蝠かわほりつたふ夕栄ゆうばえなり 其角
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
蝙蝠かわほりの如く「希望のぞみ」は飛去る。
われ、おおいに驚きて云いけるは、「如何ぞ、「るしへる」なる事あらん。見れば、容体ようだいも人に異らず。蝙蝠かわほりの翼、山羊のひずめくちなわうろこは如何にしたる」と。
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
にかく手がかり足がかりの岩を辿って、下へ下へとあやうくも降りてゆくと、暗い中から蝙蝠かわほりのようなものがひらりと飛んで来て、市郎の横面よこつらはたと打った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
頃は旧暦の三、四月、誠にい時候で、私はパッチを穿はいて羽織か何か着て蝙蝠かわほり傘をもって、駕籠にのって行くつもりであったが、少し歩いて見るとなか/\歩ける。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
平岡の家の近所へ来ると、暗い人影が蝙蝠かわほりごとく静かに其所、此所ここに動いた。粗末な板塀の隙間すきまから、洋燈ランプの灯が往来へ映った。三千代はその光の下で新聞を読んでいた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小児こどもの時から人も通わぬの窟を天地として、人間らしい(?)のは阿母おふくろ一人で、昔物語に聞く山姥やまうばと金太郎とをのままに、山𤢖や猿や鹿や蝙蝠かわほりを友としつつ
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
するとその百姓が誠に丁寧に道を数えてれてお辞儀じぎをして行く、こりゃ面白いと思い、自分の身を見ればもって居るものは蝙蝠かわほり傘一本きりで何にもない、も一度やって見ようと思うて
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
悲劇マクベスの妖婆ようばなべの中に天下の雑物ぞうもつさらい込んだ。石の影に三十日みそかの毒を人知れず吹くよるひきと、燃ゆる腹を黒きかく蠑螈いもりきもと、蛇のまなこ蝙蝠かわほりの爪と、——鍋はぐらぐらと煮える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蝉や蜻蛉とんぼうも沢山にいた。蝙蝠かわほりの飛ぶのもしばしば見た。夏の夕暮には、子供が草鞋わらじげて、「蝙蝠こうもりい」と呼びながら、蝙蝠かわほりを追い廻していたものだが、今は蝙蝠の影など絶えて見ない。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)