草履ぞうり)” の例文
お靜が丹精した新しいあはせ、十手を懷ろに忍ばせて、おろし立ての麻裏の草履ぞうりをトンと踏みしめるとうなじから、切火の鎌の音が冴えます。
そこへ飯を喰い終った一知が、帯を締め締め、草履ぞうり穿いて出て来たので、草川巡査は素知らぬ顔をして台所の入口へ引返して来た。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
(急に低くなりますから気をつけて。こりゃ貴僧あなたには足駄あしだでは無理でございましたかしら、よろしくば草履ぞうりとお取交とりかえ申しましょう。)
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お銀様も快く駕籠を出て、茶屋から借りた草履ぞうり穿いて、盛んに景気を立てている相撲小屋の方へと、石ころ道を歩きはじめました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とにかくに四つか五つの年から数年の間、毎年この実が熟すると必ずりに行き、草履ぞうりを泥だらけにしてしかられたことも覚えている。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
若い女が、キャッと声を立てて、バタバタと、草履ぞうりとばして、楽屋の入口の間へけこんだが、身を縮めて壁にくっついていると
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それに軽い新しい麻裏草履ぞうりをも穿いた。彼は足に力を入れて、往来の土を踏みしめ踏みしめ、雀躍こおどりしながら若い友達の方へ急いだ。
足袋 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
眼に血をそそぎ、すさまじい形相ぎょうそう壱岐殿坂いきどのざかのほうを見こむと、草履ぞうりをぬいで跣足はだしになり、髪ふりみだして阿修羅あしゅらのように走りだした。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ある日、五番目の孫の八重は学校から帰ってくるなり納屋の前でむしろをひろげ、草履ぞうりを作っているかやのそばへ、でんと坐りこんだ。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
挟箱、草履ぞうり、御槍の人々が、そのあとを、追って行った。駕籠脇の侍が二十人余り、橋の下の一人を取囲んで、白刃の垣を作っていた。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
が、教えられた地点に立った行者は、どう云う訳かすぐには拝もうとしないで、二た足三足歩きかけた背後の草履ぞうりのおとを聞くと
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その柿の皮があかあかと紙くずとごったになって敷き石の上に散っていた。葉子は叔父にちょっと挨拶あいさつをして草履ぞうりをさがしながら
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
だから納所なっしょにいるお小僧までが——もっとも小寺こでらなのでほかに住僧はないが——びたびたという尻切れ草履ぞうりが寺内に聞えてくると
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勝手門と台所との間には、御用聞ごようききやこの家の使用人達のものであろう、靴跡やフェルト草履ぞうりの跡が重なるようにしてついている。
石塀幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
晩飯のぜんを運ぶ女中の草履ぞうりの音が、廊下にばたばたするころになると、いらいらするような心持で、ふらりと下宿を出て行った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
椿つばきの葉にて私のをさなき時に乳母がせしやうひかる草履ぞうりつくりてやりたくと、彼の家の庭をあやにくや見たうも/\思へど、私はゆかず候。
ひらきぶみ (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
見たというわけじゃないが、岩頭に草履ぞうりやいつも生命よりも大事にしていた頭飾りのものなどを並べてあったのを見つけたんだ。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
きん「あのそれは先刻さっきあのいらっしゃいまして、それはあの、雨が降って駒下駄ではけないから草履ぞうりを貸してと仰しゃいまして」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「ええ、あの長い顔のひげやした。あれはなに、わたしあの人の下駄を見て吃驚びっくりしたわ。随分薄っぺらなのね。まるで草履ぞうりよ」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの中の言葉はまた何とした古風なものでしたろう。お廊下のことをおめんどうといい、草履ぞうりのことをおこんごうといってる。
私の思い出 (新字新仮名) / 柳原白蓮(著)
その身なりを見ると言合せたように、男は襤褸ぼろ同然のスェータか国民服に黄色の古帽子、破れた半靴。また草履ぞうりばき。年は大方四十がらみ。
買出し (新字新仮名) / 永井荷風(著)
(なあんだ。あと姥石まで煙草たばこ売るどこなぃも。ぼかげでいで。)おみちはいそいで草履ぞうりをつっかけて出たけれども間もなく戻って来た。
十六日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
僧が引込ひきこんだので三左衛門はそこへ草履ぞうりを脱いであがった。庵の内にはわらを敷いて見附みつけ仏間ぶつまを設けてあったが、それは扉を締めてあった。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
草履ぞうりをひっかけた彼の足音は、やわらかいおが屑のなかに消えてしまった。彼は立ちどまってふと相手をうかがうようにした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
おれは火の玉の兄きがところへ遊びに行たとお吉帰らば云うておけ、と草履ぞうりつっかけ出合いがしら、胡麻竹ごまだけつえとぼとぼと焼痕やけこげのある提灯ちょうちん片手
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
嫩草山わかくさやまの麓の茶屋に来た頃は、秋の日が入りかけた。草履ぞうりをはいた娘子供が五六人、たら/\とすべる様に山から下りて来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そう考えたのであるが、まもなく、縁側へあらわれた庄兵衛がかさを持ち、草履ぞうりを持っているのを見て「あ」と口を押えた。
十八条乙 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三百石の家にては侍二人、具足持ぐそくもち一人、鑓持やりもち一人、挾箱はさみばこもち一人、馬取二人、草履ぞうりとり一人、小荷駄こにだ二人の軍役を寛永十年二月十六日の御定めなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それからもうひと道中どうちゅう姿すがたくてはならないのが被衣かつぎ……わたくし生前せいぜんこのみで、しろ被衣かつぎをつけることにしました。履物はきものあつ草履ぞうりでございます。
そのとき、子供こどもらはうらめしそうに、こちらをたが、いずれも顔色かおいろあおく、手足てあしがやせて、草履ぞうりきずってあるくのも物憂ものうそうなようすであった。
子供は悲しみを知らず (新字新仮名) / 小川未明(著)
私は寄宿舎から、帽子もかぶらずに、草履ぞうりのまんま、私の家へけつけた。私の家はもう焼けていた。私は私の両親の行方ゆくえを知りようがなかった。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
やがてカラリと箸を置くと、フラリと立って土間へ下り、草履ぞうりをはくとのめるように、灯の明るい町へ引かれて行った。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
両大師の際の学校の頃は、少し早く行くと、そこらの草原は露が深くて、歩けば草履ぞうりの裏がすっかりれるほどでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
前つぼのかた草履ぞうりさきすなって、一目散もくさんした伝吉でんきちは、提灯屋ちょうちんやかどまでると、ふと立停たちどまって小首こくびかしげた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
洗面所で手を洗っていると、丁度窓の下を第二工場の連中が帰りかけたとみえて、ゾロ/\と板草履ぞうりや靴バキの音と一緒に声高な話声が続いていた。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
左手の何か大きい四角の石で女らしいのがしきりに藁を打って居る、夜なべに縄をなうか、草履ぞうりでもつくるのであろう。
八幡の森 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そこには人の影はなく、ぴかぴかと黒光りのする板敷にで作ったスリッパのような上草履ぞうりが行儀よく並べてあった。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
すると、ふと、その中に、むこうからトボトボと近づいて来た、細長い人影——雪之丞が身をひそめた、つい側まで来て、ピタリと草履ぞうりの音を止めた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
赤土と水が出て、あたりはみ立てられぬほど路がわるかった。組合の男はいち早く草履ぞうりみ込んで、買いたての白足袋を散々にしたと言っている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
とにかく、芝居に出て来る人物の印象を与えるような服装だったら、少年はそれで満足なのでした。初夏のころで、少年は素足に麻裏草履ぞうりをはきました。
おしゃれ童子 (新字新仮名) / 太宰治(著)
枝が揺れさわぐと、やみのなかに黒い影がおどって、冷や飯草履ぞうりをとおして、地面の冷えが、はい上がってきた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
履物はきものの類では同じ町に見かける阿檀葉あだんば草履ぞうりを挙げねばなりません。よくいぶして海水で洗いますが、これを繰り返すこと二十年にも及ぶものがあります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そう云うと、夫人は軽やかに、紫のフェルトの草履ぞうりで、踏台ステップを軽く踏んで、ヒラリと車中の人になってしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
にんは三じやくおびつツかけ草履ぞうり仕事師しごとし息子むすこ、一にんはかわいろ金巾かなきん羽織はをりむらさき兵子帶へこおびといふ坊樣仕立ぼうさましたておもことはうらはらに、はなしはつねちがひがちなれど
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
なよたけ (草履ぞうりをはきながら)静かにしなければいや。うるさくする子はもう遊んであげない。……お父さん。また、みんなと一緒に遊びに行って来るわ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
廊下を通る男たちの草履ぞうりのすれる音、二、三人ひそひそと人目をぬすんで話しつつ行く気はい、運搬車の車のきしむ響き、三度三度の飯時に食器を投げる音
(新字新仮名) / 島木健作(著)
玄関の履き物を調べさせてみると、綾子のはいてきた草履ぞうりが、いつの間にか無くなっていることがわかった。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「男持ちの蝙蝠傘こうもりがさを出して下さい。」「草履ぞうりを出して下さい。」「河を渡って桃を見に行くから。」私は必ずしも、男性にえているというわけではなかった。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は重い雨傘をかたむけて、有楽町から日比谷見附を過ぎて堀端へ来かかると、にわかにうしろから足音がきこえた。足駄の音ではなく、草履ぞうり草鞋わらじであるらしい。
御堀端三題 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鶏の糞をかき集めると、畑の肥料こやしになるのである。すると、そこへ紺絣の筒っぽに、板裏の草履ぞうりをはいた三太がやって来た。三太は牧の旦那のひとり息子である。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)