般若はんにゃ)” の例文
その次はすっかり変って般若はんにゃの面が小く見えた。それが消えると、らい病の、頬のふくれた、眼をいだような、気味の悪い顔が出た。
ランプの影 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
旅人たびびとは、このはなしいているうちに、自分じぶん子供こども時分じぶん、ちょうど、それとおなじように、般若はんにゃめんをほしがったことをおもしました。
般若の面 (新字新仮名) / 小川未明(著)
般若はんにゃ」のような激情の面でさえ、怒であると同時に、悲でもあり、のしかかる強さであると同時に、寂しい自卑自屈の弱さでもある。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
その翌日から、田山白雲の周囲まわりに、般若はんにゃめんを持った一人の美少年がかしずいている。それは申すまでもなく清澄の茂太郎であります。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ああ、般若はんにゃの五郎さん、……さあ、どうしましたかねえ。風来坊だから、風吹くまま、どこをうろついてるやら、わかりはしないわ」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
で、夕焼の灼光しゃっこうが滅したように、裏山の一帯が急に暗くなったと思うと、そこの頂上に頬杖をついていた般若はんにゃの顔も薄れて消える。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
キャアいうて、恥かし……長襦袢でげるとな、しらがまじりの髪散らかいて、般若はんにゃの面して、目皿にして、出刃庖丁や、撞木しゅもくやないのえ。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
忍辱にんじょく波羅密はらみつ、禅波羅密、般若はんにゃ波羅密の自然の動きは、せまり来る魔燄まえんをも毒箭をも容易に遮断し消融せしめた。寂照はただ穏やかに合掌した。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
奥方様の花のようなお顔が、醜い般若はんにゃ形相ぎょうそうとなって物の云いよう立ち居振舞い羅刹らせつのように荒々しくなりお側へ寄りつくすべもないとは……
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
面をこがさんばかりの罪にまともに向き合って、その中より生命の浄化の秘密を探り出す般若はんにゃの行道、これこそもっともお前に相応したものである。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
古来、「般若はんにゃは仏の母」だといっていますが、般若こそ、まことに一切の諸仏をうみ出す母です。諸仏出生の根源です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
湯呑所ゆのみじょには例のむずかしい顔をした、かれらが「般若はんにゃ」という綽名あだなたてまつった小使がいた。舎監しゃかんのネイ将軍もいた。当直番に当たった数学の教師もいた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
いかにも優しい、か弱い美女の後姿を見せて置いて、そばへ近寄ると、「わっ」と云って般若はんにゃのような物凄ものすごい顔を此方こちらへ向けるのじゃないか知らん。………
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「黙れッ、今から二十八年前、浜松の城下で、御用金三千両盗んだ大泥棒の片割れ、手前てめえ般若はんにゃの元吉だろう」
左右には、まるで般若はんにゃの面の様に、奥歯がすっかり現われる程に裂け、上下には歯ぐきが感ぜられる程も開いています。決して暗闇故の錯覚ではないのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
青白い糸のような身体からだに、髪毛かみのけをバラバラとふり乱して、眼の玉を真白にき出して、歯をギリギリと噛んで、まるで般若はんにゃのようにスゴイ顔つきであったが
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
(古松は般若はんにゃを談じ、幽鳥は真如しんにょもてあそぶ)とあるも、「渓声便是広長舌、山色豈非清浄身。」(渓声すなわちこれ広長舌こうちょうぜつ、山色あに清浄身しょうじょうしんにあらざらんや)
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
般若はんにゃとめさんというのは背中一面に般若の文身ほりものをしている若い大工の職人で、大タブサに結ったまげ月代さかやきをいつでも真青まっさおに剃っている凄いような美男子であった。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは一種の般若はんにゃのような仮面である。かれは眼も放さずにその仮面を見つめていたが、やがて店のなかへ一と足ふみ込んで、そこにいる小僧の豊吉に声をかけた。
半七捕物帳:42 仮面 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大衆老少すべて七千余人がかぶとの緒をしめ、奈良坂と般若はんにゃ寺の二個所に防備を施してこれによったのであるが、もとより四万の軍勢には敵せず、夜に入って、二個所の防砦ぼうさいも破られ
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
屏風巌をめぐりて般若はんにゃ方等ほうとう二つの滝の見ゆる処に出ず。谷を隔ててやや遠く見たるなかなかに趣深く覚ゆ。ここより五十ばかりの人道づれとなりて行く。草履をはき下駄を手に提げたり。
滝見の旅 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それでも仏像、経箱、経巻の包みなどのりっぱさは極楽も想像されるばかりである。そうした最勝王経、金剛、般若はんにゃ、寿命経などの読まれる頼もしい賀の営みであった。高官が多く参列した。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
それがラザレフの所有品で、平生扉の後の棚の上に載せてあることが、すぐルキーンによって明らかにされた。そして、紙鳶は比較的最近のものらしい二枚半の般若はんにゃで、糸に鈎切かんぎりがついていた。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
般若はんにゃよりもおそろしかった! 口が耳のところまで裂けていたそうな! すごい眼付で睨んで、のろいのことばをなげつけた! のろわれた者は、それから三日目に高熱を発して死んでしまった。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何でも妾達のように、山にも登らないで、御宗旨をひろめていれば、福徳円満と云ったようなことをしゃべっていたが、婆さんの顔は角を抜かれた般若はんにゃみたいで、そんな立派な御面相では決してない。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
「奴は元来般若はんにゃに似ている」
善根鈍根 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
と言いました——白雲もまた、最初からこの般若はんにゃの面が凡作ではないと見ていたのですが、この時になってはたと思い当りました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
金五郎は、道後どうご温泉での記憶を呼びおこした。鍛冶屋の清七と二人、「神の湯」に行ったとき、全身に、般若はんにゃの総彫青をした若い男に逢った。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
またあの奈良へ行くと「般若坂」という坂があり、また般若寺というお寺もあります。日光へゆくとたしか「般若はんにゃたき」という滝があったと思います。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
わたしは、子供こども時分じぶん、そのくさりについている般若はんにゃめんをほしいといって、どれほど、ちちにせがんだかしれません。
般若の面 (新字新仮名) / 小川未明(著)
神職 いや、あおざめ果てた、がまだ人間のおんなつらじゃ。あからさまに、邪慳じゃけん、陰悪の相を顕わす、それ、その般若はんにゃ鬼女きじょの面を被せろ。おお、その通り。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
でも、音だけでは不安になって、念のために箱の紐を解き、逆さにポンと板敷の上へふせると、喜連格子きつれごうしから流れる星明りのかげへ、裏返しの般若はんにゃ仮面めん
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「嫁おどし」の老婆の顔に般若はんにゃの面がくっついてしまったように、彼の顔は板壁に密着して離れなかった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこにあるほどの器具うつわ類を——岩壁に懸けられた円鏡や、同じく岩壁に懸け連ねられた三光尉、大飛出、小面、俊寛、大癋見おおべしみ、中将、般若はんにゃ釈迦しゃかなどの仮面や
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
背中一面に一人は菊慈童きくじどう、一人は般若はんにゃの面の刺青ほりものをした船頭がもやいを解くと共にとんと一突ひとつき桟橋さんばしからへさきを突放すと、一同を乗せた屋根船は丁度今がさかり上汐あげしおに送られ
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これを最上乗さいじょうじょうと名づく、また第一義と名づく、また般若はんにゃ実相と名づく、また一真法界いっしんほっかいと名づく、また無上菩提ぼだいと名づく、また楞厳りょうごん三昧ざんまいと名づく、また正法眼蔵しょうぼうげんぞうと名づく、また涅槃妙心ねはんみょうしんと名づく
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
品のよい、暖かみのある、乳母うば伯母おばさんのような老婦人であるのが、今はそんな風に見えない。悪い人間と云うのでもないが、肉の落ちくぼんだ顔の方々に深い影が出来て、般若はんにゃの面のようである。
何よりの證據しょうこは、あの死骸の悪相だ、般若はんにゃの面そっくりだというぜ
達磨だるまありたこあり般若はんにゃあり。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その時の、この人の形相ぎょうそうは、絵に見る般若はんにゃ面影おもかげにそのままであります。この人は月をながめているのではない、月を恨んでいるのです。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
目ざす理想の天地は、結局般若はんにゃの世界です。般若への道には、むろんいろいろありますが、目的地は結局一つです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
むきだしの痩せた身体を、いっぱいに埋めつくしていた、般若はんにゃ大蛇おろちの彫青に、見おぼえがある。四十年配だ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
騒ぎもせず、そういって後ろの谷をのぞきましたが、その時見ると、薄化粧のお蝶の顔は、いつか、金瞳きんどう青眉のおそろしい般若はんにゃそうに取り変っていました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、あの時計とけいについている、磁石じしゃく般若はんにゃめんは、子供こども時分じぶんから父親ちちおやむねにすがって、見覚みおぼえのあるなつかしいものだ。いまも、あのかざりだけはのこっている。
般若の面 (新字新仮名) / 小川未明(著)
落葉散りしき、尾花おばなむらいたる中に、道化どうけの面、おかめ、般若はんにゃなど、ならび、立添たちそい、意味なき身ぶりをしたるをとどむ。おのおのその面をはずす、年は三十より四十ばかり。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
えぐられたように痩せ落ちた顳顬こめかみや頬、そういう輪廓を、黒い焔のような乱髪で縁取ふちどり、さながら、般若はんにゃ能面おもてを、黒ビロードで額縁したような顔を、ヒタと左門へ差し向けたが
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
般若はんにゃはヒステリーの女、おかめは普通一般の女の顔で、日本人男女の面貌はことごとくこの四種類の中に含められて、例外のものはほとんどないと云っても差閊さしつかえはないというのである。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お袋が般若はんにゃの様な恐ろしい形相ぎょうそうをして、両手で斧をふり上げている所や、兄きが顔に石狩川の様なかんしゃく筋を立てて、何とも知れぬおめき声を上げながら、兇器をふり下している所や
疑惑 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
見ればともの方から、左腕には般若はんにゃの面を抱え、右の手をかざして足拍子おもしろく踊りながらこちらへ来るのは、清澄の茂太郎であります。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
名の上へ、藤の花を末濃すそごの紫。口上あと余白の処に、赤い福面女おかめに、黄色な瓢箪男ひょっとこあお般若はんにゃ可恐こわい面。黒の松葺まつたけ、浅黄のはまぐり、ちょっと蝶々もあしらって、霞を薄くぼかしてある。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)