自惚うぬぼれ)” の例文
請う、自惚うぬぼれにも、出過ぎるにも、聴くことを許されよ。田舎武士は、でんぐり返って、自分が、石段を熊の上へ転げて落ちるおもいがした。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
といふので、男が持前の自惚うぬぼれから、みんな自分がその忘れられない男にならうと、せつせと通つて来るので、ひどく全盛を極めたさうだ。
ことに、山野や桑田などの、燃ゆるような文壇的野心や、自惚うぬぼれに近い自信が、俺にもいくらか移入されていたせいかも知れない。
無名作家の日記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかし彼は、もし自分の価値が宮廷からもっとよく知られたら自分の方がいっそうよく相当していると、信ずるだけの自惚うぬぼれをもっていた。
そいつが二年ばかり廃めてて返り咲き、今度はみっちりこの俺が仕込んだんだ、出来星の二つ目とは違うってこと、俺の自惚うぬぼれじゃないはずだ
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
山嵐の鼻に至っては、紫色むらさきいろ膨張ぼうちょうして、ったら中からうみが出そうに見える。自惚うぬぼれのせいか、おれの顔よりよっぽど手ひどくられている。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「惡智慧に自惚うぬぼれのある奴は、ツイあんな事をして見たくなるのだ。錢形平次の眼の前で、人一人殺して見せ度くなつたのさ」
さりとて気ざな咳払ひして据膳すえぜんならでは喰ひやせぬといふほどの自惚うぬぼれもなければ、まづ小当りに当つて出来やすきを取る。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「そうだ、そうだ。長屋のかかにお情もくそもあるものか。自惚うぬぼれちゃいけねえ。」とすさんだ口調で言い、がたぴし破戸やれどをあけて三人を招き入れ
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それも決して自惚うぬぼれでもなんでもなく、それに叶うところの腕と眼が、並び進んでいるということは、全く案外な進境と言わなければなりません。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
斯様こんなことを言った。私に字を書かして見て何うするつもりかあなたの心は分っています、なんて自惚うぬぼれも強い女だった。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
知己の者はこの男の事を種々さまざまに評判する。あるいは「懶惰らんだだ」ト云い、或は「鉄面皮てつめんぴだ」ト云い、或は「自惚うぬぼれだ」ト云い、或は「法螺吹ほらふきだ」と云う。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「君の方では、あれで、厳重な戸締りをしたつもりなんだろうねえ。人間なんて、自惚うぬぼればかりつよくて哀れなものだ」
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは自分だけの自惚うぬぼれではなく、小隊長からもたしかに賞められたので、隊の誰にもひけをとらないだけに大胆で勇敢であったのが、帰還した途端に
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
併し長官さえれ程にほめる位だから谷間田は上手は上手だ自惚うぬぼれるも無理は無い、けどが己は己だけの見込が有るワ
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
そこで働く女の一人一人が俺が俺こそが客を持つてゐるとの自惚うぬぼれがなくてはかなはないとだけではない、おきよにはおきよの古い思ひ出があつたはずだ
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
これも我には心易こゝろやすだての我儘と自惚うぬぼれこうじていましたから、情人おとこの為に嫌われると気のきませんで持ったもの。
ねえ、君、世間には恋愛、心痛、厭世、怯懦けふだ自惚うぬぼれ、公憤から自殺する人があるのだね。併し僕はこんな動機の中のどれにも動かされて死ぬるのではない。
不可説 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
要するにあのお方は丸袴がんこの子弟さ。自惚うぬぼれの強い貴公子なのさ。自分の力を自分で過信し、勝手に幻影を描いている方さ。……名古屋の富豪を呼びつけて金を
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もはや少しの自惚うぬぼれもなかったが、今もなお彼女の若かりし時代の習慣をそのままに、二十年前の流行を固守した衣裳を身につけると、五十年前と同じように
自惚うぬぼれではないつもりだ。ポリネシア人の仮面——全く之は白人にはついに解けない太平洋の謎だが——が斯くも完全に脱棄てられたのを、私は見たことがない。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
歌よみのいふ事を聞き候へば和歌程善き者は他に無き由いつでも誇り申候へども歌よみは歌より外の者は何も知らぬ故に歌が一番善きやうに自惚うぬぼれ候次第に有之候。
歌よみに与ふる書 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
銭はうちの銭だ、盗んだ銭じゃないぞと云うような気位きぐらいで、かえって藩中者の頬冠をして見栄みえをするのを可笑おかしくおもったのは少年の血気、自分ひと自惚うぬぼれて居たのでしょう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
自惚うぬぼれ瘡毒気かさけの行渡る極み、津々浦々までペコンペコンとやっているが、太鼓の方はそうは行かない。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
自惚うぬぼれは誰にもあるもので、この話でも万一ヨオロッパのどの国かのことばに翻訳せられて、世界の文学の仲間入をするような事があった時、余所よその読者に分からないだろうかと
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
が、しかし、あれほどまでに親しかったフロールでさえ、親しいと考えていたのは私の自惚うぬぼれで、フロールはただ憐愍れんびんと同情とを一人の不具者かたわものに恵んでいたにすぎなかったのだ。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
自惚うぬぼれかも知れないけれども、尾佐は根から寂しい男だったのを、自分だけがこの男に一時でも花やかなものを引き出してやった。尾佐に一生に一度の青春を点火してやったのだ。
唇草 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私が前に誤れる考を持っておったことも、今の考も、私の弱点も、私の自惚うぬぼれも、つまり私のすべての心を貴女は御存知でしょう。貴女は私を誤れる道から正しい方へと導いて下さった。
友情の大切な謙抑などと云うことを彼女は考えず、空虚な胸を、ぐっともたせかけて来ようとするのか。そう云うところが彼女の所謂「失敗」の原因であろう。少し自惚うぬぼれがつよすぎるか。
写真の裏に種々いろいろ楽書らくがきがしてある。中には乃公の読めないのもあるが、「自惚うぬぼれかがみ」というのは鬚をピンと跳ねさせて鼻眼鏡を掛けている。「これでも申込んだのよ」というのがある。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
自惚うぬぼれの強い私の猜疑心さいぎしんは、そんな途方とほうもないことまでも、想像するのであった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
肉と酒、食う程に呑む程に、この豚男の自惚うぬぼれ話を聞いて、卓子の上は皿小鉢の行列である。私は胸の中かムンムンつかえそうになった。ちんやを出ると、次があらえっさっさの帝京座だ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
男でも女でも、そんなふとつちよの、弱蟲の、自惚うぬぼれの強い役に立たずを背負しよひ込まうつて人が見附からないと、あなたは虐待されたとか無視されたとかみじめだとかつて喚き立てるのでせう。
しかし今や彼は、無味乾燥な、ばかな、愚かな、無益な、自惚うぬぼれの強い、いやな、無作法な、ごく醜い男としか、彼女には思われなかった。将校の方では義務とでも思ってか彼女にほほえみかけた。
いえ、それだけは、わたくしも承知してをりました。でも、そこは、奥さま、世の中で、自分が一番醜いと思ふ女はございますまい。自惚うぬぼれでもなんでも、さうは思ひたくないのが人情でございませう。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
自惚うぬぼれがきわまるとき、人は礼拝の中に優越を見出すものである。
安吾史譚:02 道鏡童子 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
あのノロマな自惚うぬぼれからの失敗だとしか思へなくなりました。
妾の会つた男の人人 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
胸なんと云うことはおよしなさい。自惚うぬぼれだわ。
でも自分だけは自惚うぬぼれて満足していた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
茶々風茶ちや/\ぷうちやたらば女は吾儕われの物ときはめてはゐるが手段にこまり其所で兄貴に相談に來たが趣向しゆかう無物なきものかと問はれて元益笑ひ出し世に自惚うぬぼれ瘡氣かさけのない者はないとぞ言にたがはずお光は未だ手に入ねば此婚禮こんれい破談はだんに成てもお主の方へ來るか來ねへか其所の所はわからぬが是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼らの阿諛あゆはハスレルに有害であって、彼をあまりに自惚うぬぼれさしていた。彼は頭に浮かぶ楽想を、少しもしらべないでことごとく取り上げた。
人間どう間違えても、自惚うぬぼれのないものはないとか言います……少くとも私は……人として、一生に一度ぐらいは惚れられる。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
當り前ですよ、殺し手がなきや、私が殺したかつたくらゐのもので、——あんな薄情でケチで、自惚うぬぼれと押しが強くて、始末の惡い男はありません。
が、あいつが、自分の小説がすぐ林田の好意ある推薦を受けるとでも、思っているのは、彼の無知から出た自惚うぬぼれだ。
無名作家の日記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
無論戦争に関する演説で、自惚うぬぼれ好きな英国人が、首相の口から直接独逸文明の、安物の外套のやうに裏は襤褸ぼろきれであるのを聴くための催しであつた。
遊女に迷うているものの自惚うぬぼれには誰もありそうな心持ですけれど、兵馬のはそれがいかにも初心うぶでした。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
莫迦莫迦ばかばか手前てめえはなんて唐変木とうへんぼくなんだろう。自惚うぬぼれが強すぎるぜ。まだ仕事も一人前に出来ないのに……
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それに加えて、お千代は若い時分から誰彼にかぎらず男には好かれていたという単純な自惚うぬぼれを持っている。船堀ふなぼりうちにいた時分じぶんには近処の若いものにちやほやされた。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
歌よみのいふ事を聞き候へば和歌ほど善き者は他になき由いつでも誇り申候へども、歌よみは歌より外の者は何も知らぬ故に、歌が一番善きやうに自惚うぬぼれ候次第に有之候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
全躰ぜんたい何故おれを免職にしたんだろう、解らんナ、自惚うぬぼれじゃアないがおれだッて何も役に立たないという方でもなし、また残された者だッて何も別段役に立つという方でもなし
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)