羽後うご)” の例文
島では鹿児島県の宝島と種子島たねがしま、東京府下では八丈島はちじょうじま、日本海では佐渡島さどがしま外側の海府かいふ地方と、羽後うご飛島とびしまとに同じ語が行われている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
国の名で申しますと、陸奥むつ陸中りくちゅう陸前りくぜん羽後うご羽前うぜん磐城いわき岩代いわしろの七ヵ国となります。昔の「みちのく」即ち道の奥と呼んだ国のはてであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
羽後うご能代のしろの雑誌『俳星』は第二巻第一号を出せり。為山いざんの表紙模様はふきの林に牛を追ふ意匠斬新ざんしんにしてしかも模様化したる処古雅、妙いふべからず。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
明治三十八年発行の『電報新聞』に、羽後うご人某の報告を掲げてあった。妖怪の本性を知るの一例となるべしと思い、ここにその一節を摘載することにした。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
江州ごうしゅうの彦根、越後の高田、南部の盛岡、岩代いわしろの二本松、伊予の西条、羽後うごの秋田、上総かずさの大多喜、長州の山口、越前の福井、紀州の和歌山、常陸ひたちの水戸、四国の高松
羽後うごの七座山には勤鼠大明神の祠あり。
南部の九戸くのへではデデポッポ、北郡の浦野館うらのだてはデテココ、羽後うごでも田沢湖岸はデデポッポであるが、横手・横沢あたりはテテポッポといっている。
陸中から羽後うごにぬける鉄道に、荒屋新町あらやしんまちと呼ぶ駅がある。しかしここの名はいつか大きくなるであろう。少くとも名が響いていい色々の要素がある。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
出雲いずもの人は無暗むやみに多く作る癖ありて、京都の人の投書は四、五十句より多からず。大阪の人の用紙には大阪紙ととなふるきめ粗き紙多く、能代のしろ羽後うご)の人は必ず馬鹿に光沢多き紙を用ゐる。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
伊勢国(山田、松阪、津、一身田、四日市、桑名) 尾張国(名古屋、熱田、津島、大野、半田) 三河国(豊橋、岡崎、北大浜、西尾、蒲郡、豊川) 遠江とおとうみ国(掛川、浜松、平田、中泉) 駿河するが国(静岡、小川、清水、藤枝) 相模さがみ国(大磯) 武蔵国(忍) 上総かずさ国(千葉、茂原) 近江おうみ国(大津、豊蒲、五ヶ荘、愛知川、八幡、彦根、長浜) 美濃国(岐阜) 上野こうずけ国(安中、松井田、里見、高崎、八幡) 岩代いわしろ国(福島) 陸前国(築館、一迫) 陸中国(盛岡、花巻) 陸奥むつ国(弘前、黒石、板屋野木、鰺ヶ沢、木造、五所川原、青森、野辺地) 羽前うぜん国(米沢、山形、寒河江、天童、楯岡、新庄、鶴岡) 羽後うご国(酒田、松嶺、湯沢、十文字、横手、沼館、六郷、大曲、秋田、土崎、五十目、能代、鷹巣、大館、扇田) 越後国(新井、高田、直江津、岡田、安塚、坂井、代石、梶、新潟、沼垂、葛塚、新発田、亀田、新津、田上、加茂、白根、三条、見附、浦村、片貝、千手、六日町、塩沢、小出、小千谷、長岡、大面、寺泊、地蔵堂、新町、加納、野田、柏崎) 丹波国(亀岡、福知山) 丹後国(舞鶴、宮津、峰山) 但馬たじま国(出石、豊岡) 因幡いなば国(鳥取) 伯耆国(長瀬、倉吉、米子) 出雲国(松江、平田、今市、杵築) 石見いわみ国(波根、太田、大森、大国、宅野、大河内、温泉津、郷田、浜田、益田、津和野) 播磨はりま国(龍野) 備前びぜん国(閑谷) 備後びんご国(尾道) 安芸国(広島、呉) 周防すおう国(山口、西岐波、宮市、徳山、花岡、下松、室積、岩国) 長門ながと国(馬関、豊浦、田辺、吉田、王喜、生田、舟木、厚東、萩、秋吉、太田、正明市、黄波戸、人丸峠、川尻、川棚) 紀伊国(高野山、和歌山) 淡路国(市村、須本、志筑) 阿波国(徳島、川島、脇町、池田、撫養) 讃岐さぬき国(丸亀、高松、長尾) 伊予国(松山、宇和島、今治) 土佐国(高知、国分寺、安芸、田野、山田、須崎) 筑前国(福岡、若松) 筑後国(久留米、吉井) 豊前ぶぜん国(小倉、中津、椎田) 豊後ぶんご国(日田) 肥前ひぜん国(長崎、佐賀) 肥後ひご国(熊本) 渡島おしま国(函館、森) 後志しりべし国(江差、寿都、歌棄、磯谷、岩内、余市、古平、美国、小樽、手宮) 石狩国(札幌、岩見沢) 天塩てしお国(増毛) 胆振いぶり国(室蘭)
妖怪学講義:02 緒言 (新字新仮名) / 井上円了(著)
羽後うごや陸中や陸前あたりでは、背中当せなあてのことを「ねこげら」と呼んでいる。背中当はしばしば蓑と区別されない。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
羽後うごの金沢の専光寺せんこうじのばばさんは、寺では三途河の姥だといっていますが、乳の少い母親が願掛けをすると、必ずたくさんに出るようになるといいます。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
羽後うご能代のしろ方公ほうこう手紙をよこしてその中にいふ
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
羽後うごの神宮寺の道祖神を始とし、祭の日に神体に米の粉をふりかけるというなども、乾いた粉の得にくかった時代には、やはりこのオノリを注いだものと思う。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あるいは文句を他所よそから聞き覚えて、呪文じゅもんのようにそれを守り、または若干の作意を加えたものが鬼きめの言葉には多い。羽後うご大館おおだて附近に行なわれていたのは
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
羽後うご飛島とびしまなどではそれが必ず両の手に一本ずつ、ヨンドリ棒を持っていてすることにきまっていた。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それが必ずしも特殊の伝播でんぱでないことは、羽後うご由利ゆり郡の海岸でもサシボコ、それからなお東北一帯のサシドリがあって、むしろ分布は他のいずれよりも弘いのである。
飛んだという点も羽後うご飛島とびしま、或は常陸の石那阪の山の岩などと、同様であったのであります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのかわりに木綿布の古切ふるぎれを何枚も合わせて、それを雑巾ぞうきんよりも細かく堅く刺して、麻布のかわりに上覆うわおおいに着ていると見えて、私も羽後うご由利ゆり郡の山村をあるいた時に
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
羽後うご大館おおだてにはこの鳥はいたって少ないが、試みに何と啼くかと尋ねて見ると、やはりまた
羽後うご男鹿おが半島では、北浦の山王さんのう様の神主竹内丹後の家に、先祖七代までの間、代々片目であったという伝説が残っています。この家の元祖竹内弥五郎は弓箭ゆみやの達人でありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
山形県の最上もがみから羽後うご院内いんないへ越えようとする所の小さい停車場などもその一つであるが、ノゾキは本来野のソキすなわち境上の原野ということである。こういう言葉はまだたくさんにある。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかもこれがただ南北二箇処だけの一致であった場合は、また何とか手短かの解釈も出来るが、後々気をつけていると中間の例はまだそちこちにある。たとえば羽後うご仙北せんぼく地方では、この鳥は
正月十六日を「にお積み」というのは、羽後うご雄物川おものがわ流域などの風である。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
羽後うご由利郡の本荘ほんじょう西方から、雄物川おものがわ平原の浅舞あさまい横手へ越える峠は、海岸部の方が表口、肥後ひご山鹿やまがの奥岳間村から筑後ちくごの矢部へ越える冬野の山道は、複雑していたが肥後の方が表だったと記憶する。
峠に関する二、三の考察 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
羽後うごの仙北の境の山には、ニウツムリという遠くから見える一峰があって、それも文字では乳頭山などと書いているが、形は明らかに稲ニホと近く、しかも或る期節に消え残った雪の形を眺めて
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)