よそおい)” の例文
庭は広くないが百坪程の前庭と裏庭がある。それが又老母の心遣いから、帰る度に新しいよそおいをして私を驚きの中に迎えるのだ。
故郷を想う (新字新仮名) / 金史良(著)
日本一にっぽんいちの無法な奴等やつら、かた/″\殿様のおとぎなればと言つて、綾錦あやにしきよそおいをさせ、白足袋しろたびまで穿かせた上、犠牲いけにえに上げたとやら。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これからよそへ行くか、または今外から帰って来たと云う風なよそおいをして、次の間から出て来た。宗助にはそれが意外であった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
神橋しんきょうのあたりではわずかに紅を催すという程度である。剣ヶ峰ではそれはなり色づいてはいたが、中禅寺に来てはじめて秋の日光らしいよそおいが見られた。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
死の天使をしきいの外に待たせて置いて、しずかに脂粉のよそおいこらすとでも云うような、美しさを性命にしているあの女が、どんなにか岡田の同情を動かしたであろう。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
唯々いいとしてるべきはずの小野さんが四五日見えぬ。藤尾は薄きよそおいを日ごとにしてかどを鏡のうちに隠していた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平地からこの山脈を仰望するに最も適した街道であって、五月下旬、麓の新緑が漸く濃やかならんとする頃、其上に未だ冬のよそおいを脱しない雪山の姿を望むことは
白馬岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
迎うるごとく、送るがごとく、窓にもゆるがごとく見えめた妙義の錦葉もみじと、蒼空あおぞらの雲のちらちらと白いのも、ために、べに白粉おしろいよそおいを助けるがごとくであった。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五人の姫たちみなおもひおもひのよそおいしたる、その美しさいづれはあらぬに、上の一人の上衣もも黒きを着たるさま、めづらしと見れば、これなんさきに白き馬に騎りたりし人なりける。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
よそおいは鏡に向ってらす、玻璃瓶裏はりへいり薔薇ばらを浮かして、軽く雲鬟うんかんひたし去る時、琥珀こはくの櫛は条々じょうじょうみどりを解く。——小野さんはすぐ藤尾の事を思い出した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふり仰ぐ尾根上のあたりはまだ古綿のようなちぎれ雲が木の間にからみ付いてはいるものの、端からこぼれかかる目覚しい絢爛のよそおいを隠しおおせるものではなかった。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その松の中へ、白鷺とふくろうねぐらした夢は、ここではっきり覚めました。七宝のよそおい螺鈿らでん衣桁いこうもたちまち消えて、紗綾さや縮緬ちりめんも、わら、枯枝、古綿や桃色のせた襤褸ぼろの巣となったんです。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
趙痩ちょうそうと云わむよりは、むしろ楊肥ようひと云うべき女である。それが女道士になっているから、脂粉の顔色をけがすを嫌っていたかと云うと、そうではない。平生よそおいこらかたちかざっていたのである。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この頃からして秩父の群山は其翠緑すいりょくの衣を脱ぎ捨てて、最も目覚ましい絢爛のよそおいを凝らすのである。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
さやさやときぬの音がして葭戸越に立姿がちかづいたが、さらりと開けて、浴衣がけの涼しい服装みなり菱田鹿ひったがの子の帯揚をし、夜会結びの毛筋の通った、色が白い上に雪ににおいのするよそおいをして
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)