みは)” の例文
事件のあったためか、一般の外客は禁足してあり、ただ数人の係員が、私達の闖入ちんにゅうに対して、好奇の眼をみはっていたに過ぎなかった。
デパートの絞刑吏 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
『まあ彼の方は!』と智惠子は少し驚いた樣に目をみはつた。それは富江の事を言つたのだが、靜子の方では、山内の事の樣に聞いた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
鼻腔びこうでだけ呼吸いきをして、眼がかすんで、相手の数も顔もよく見えないために、わざと大きくみはっているようにがひらいてしまった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
折竹の膝には、私の子の三つになるのが目をみはっている。ターザンのオジサンという子供の人気もの——折竹にはそういう反面もある。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
私はその壁の向うに飛び散り、粘り付いているであろう血の痕跡あとを想像しながら、なおも一心に眼をみはり、奥歯を噛み締めていた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「これアすくなくとも四五百円にはなる代物しろものだ」と折井刑事は目をみはって、「仙太の持ち物としては、たしかに異状いじょう有りだネ、山城君」
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
英之助は眼を大きくみはり、唇をひき緊め、ぎゅっとこぶしを握った。しかしすぐに冷笑をうかべ、こちらをあわれむような調子でいった。
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其の高張提灯の傍で兵隊の通るのを見てゐた下女が、長火鉢の横手まで戻つて來て、驚きの眼をみはりつゝ、お光の盛裝を見上げた。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
すると又浅瀬が現れるといった具合で、陸で見ていた源氏の一同は、徐々に遠去かって一向に沈む様子もない盛綱に驚いて目をみはった。
俯向きながら汗を拭いている私の顔に探偵は怪訝けげんそうな眼をみはっていたが、やがて卓上に腕を組みながら気の毒そうに視線をらせた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
峯子は、切迫して口かずがすっかり減ってしまった眼をいっぱいにみはって、黙って正二のためにドアをあけ、彼をなかへ入れた。
今朝の雪 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
まったく! 目をみはるまでもなく、つい眼前がんぜんに、高らかに、咽喉のどふくらまして唄っている裸形らぎょうのうちに、彼が最愛の息子利助がいたのだ!
(新字新仮名) / 徳永直(著)
むすこは全く、このはなしの中心に身を入れ切つて其処そこから途方もなく開展して行きそうな事件に対する好奇心の眼をみはつて居るのでした。
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
やあと寄って行くと、向うでも気づいて、よう、来ましたね、小倉へ……と起そうとしたその背中を見た途端、寺田は思わず眼をみはった。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
私は露西亜のあれほどの騒乱が人命を愛重して、今日まで殆ど何ばかりの血をも犠牲として流していないことに目をみはらずにいられません。
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
他の客や女はみな驚いて目をみはりこの異様な光景に魂消たまげた。内地人をそんなふうにして果していいのだろうかと気味悪くさえ思うのである。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
はばかるものがいないのだから、私は大胆に注文した。すると、女中はこの子供がまあ呆れたといったような顔して眼をみはる。
酒渇記 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
敬二郎は驚きの目をみはって言った。彼の胸は潮騒しおざいのようにせわしく乱れていた。彼は紀久子の顔から、いつまでも目を離すことができなかった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
渡し場の船頭は、大きな図体に闕腋を着け、冠をた鼓村氏の姿を見て、天国からちて来た人ででもあるかのやうに、目をみはつて吃驚びつくりした。
顏色も冷たさうなふくら脛も、何處といふ目標のないところが毎日變り、毎日血色の動搖が顏の中に濃くも薄くも現はれ、私の眼をみはらかせた。
帆の世界 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
昔は底の知れぬほど宏大であると思った庭が、これほど小じんまりとした寸の詰った地域に限られていることにさえ私は先ず驚愕の眼をみはった。
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
判官はそのさまをにくにくしそうに見おろしていたが、何を考えたのか急に眼をみはるとともに急いで堂の上からおりてきた。
荷花公主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この時、青年はラ氏の心全体を直覚的に理解して、驚きの眼をみはった。そして白い小さな手を出して、横笛を取り上げた。
ラ氏の笛 (新字新仮名) / 松永延造(著)
案の定さらいとるべく京弥の身辺を取り巻きましたので、こちらの二人が等しく目をみはったとき——だが、この薄萠黄色お高僧頭巾の艶なる女が
いにしえのローマ帝国でもこれほど大きくはなかったから外国人が驚異の眼をみはるのも無理からぬことだなどと言った……。
町の様子は出て行った時そのままで、寂れた床屋の前を通る時には、そこの肥った禿頭はげあたまの親方が、細い目をみはって、自分の姿を物珍らしそうに眺めた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
日本の文壇の動きに就ては絶えず注意の眼をみはつて居るらしく、いろ/\と日本の文壇人の作の批評を寄越した。
永井荷風といふ男 (旧字旧仮名) / 生田葵山(著)
が、カピタンが通辞からその質問を受け取ると、彼はいつもおどろいたように目をみはりながら、急に真面目な態度になって、長々と答えるのが常だった。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ア・バイの柱々に彫られた奇怪な神像の顔も事の意外に目をみはり、天井の闇にぶら下って惰眠を貪っていた蝙蝠こうもり共も此の椿事ちんじに仰天して表へ飛び出した。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
見馴れぬ女が突然に出て来たので、秀吉も小姓もおもわず目をみはってかれを見つめると、上﨟はしずかに言った。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ええ、すっかり紛失?」と判事もきっと目をみはったが、この人々はその意気において、五というすうが、百となって、円とあるのに慌てるような風ではない。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼らは目をみはった。もっとよく確かめたかった。けれどもそのとき邦夷の表情が動いた。黒いかげが顔を流れた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
皆の者は驚いて、四方あたりにとび散りながら、眼をみはって闖入者ちんにゅうしゃを見る。仮面の男は扉の前でばったりたおれる。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
ゆき子は眼をみはつた。一緒にサイゴンへ行つた、篠原春子が走り寄つて来たのだ。ゆき子はなつかしかつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
エーレンシュレーゲルは令嬢同伴でした。お母さん、私はその令嬢の綺麗さには眼をみはってしまいました。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
ところが來て見ると、室中一ぱいに色〻な物がゴテゴテ有る、中にも古い佛像などが二ツや三ツで無く飾つてあつたので、外國婦人の事だから眼をみはつて驚いた。
淡島寒月氏 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
さうして、かういふきらびやかさに目をみはらせて、一人のものが立つてゐた。その若うどには、いま自分が目を覺ましてゐるのかどうかも分からなくなつてゐた。
ところでまた、見ている間に破損紙が天井に届くばかりに積まれ高まってゆくのにも、私は目をみはった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
日なたの匂いを立てながら縞目しまめの古りた座布団は膨れはじめた。彼は眼をみはった。どうしたのだ。まるで覚えがない。何という縞目だ。——そして何という旅情……
過古 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ぼくは前から、左側のまぶただけが二重ふたえで、右は一重瞼なのです。それを両方共、二重にするためには、眼を大きく上にみはってから、パチリとやれば、右も二重瞼になる。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
私はひらいて、眼をみはった。どのペエジも、ほとんど真赤なくらい、こまかく朱筆がいれられてある。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
オヤッとお客が、目をみはっているところへスーッとでてきてスラスラと普通の人情噺を喋っていく。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
フェアファックス夫人は、編物を落して、眼をみはつて、これは何の話かといぶかつてゐるやうであつた。
思わず深い溜息ためいきが漏れた。して今一度眼をみはって彼女をみつめた。依然彼が後を跟けて来たの美人以外の誰でもない。余りのなさけなさに涙が腹の中で雨の様に降った。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
よし/\、本来の田舎漢ゐなかもの、何ぞ其様な事を気にかいせむや。吾此の大の眼をみはりて帝国ホテルに寄りつどふ限りの淑女紳士をにらみ殺し呉れむず。昔木曾殿どのと云ふ武士もありしを。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
いっぱいにみはられた眼球に、潮風がしみて痛くなり、やっと、マンは、一つ、瞬きをした。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
し『東都歳事記』とかまたは『江戸遊覧暦』とかいうような本の何処かの欄に発見されたとしたならば、吾等山岳宗徒は如何に驚喜の目をみはって、これを再読三読したであろうかと。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その手はふるえている。一同はこの奎堂の異様なようすに、眼をみはり、粛然としている。
稲生播磨守 (新字新仮名) / 林不忘(著)
文三郎は愕然がくぜんとして眼をみはりました。平次の言葉が、あまりにも意外だったのです。
『玉藻』七月号「虚子俳話」——真ということ——拝読いたしました。真を追及すれば美というものがこれにいて来るということを否定された先生の論に眼をみはったものであります。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)