畑中はたなか)” の例文
東海道線とうかいだうせんやませんがつして鐵道線路てつだうせんろ右手みぎて臺地だいちがそれで、大井おほゐ踏切ふみきりからけば、鐵道官舍てつだうくわんしやうらから畑中はたなかるのである。
ところが安房の方では神余かなまり畑中はたなかという部落に、川の流れから塩の井の湧くところがあって、今でもその由来を伝えています。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
阿Qは顫える足を踏みしめて桑の樹にじ昇り、畑中はたなかへ飛び下りると、そこは繁りに繁っていたが、老酒ラオチュも饅頭も食べられそうなものは一つもない。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
亀井かめい片岡かたおか鷲尾わしのお、四天王の松は、畑中はたなかあぜ四処よところに、雲をよろい、繇糸ゆるぎいとの風を浴びつつ、あるものは粛々しゅくしゅくとして衣河ころもがわに枝をそびやかし、あるものは恋々れんれんとして、高館たかだちこずえを伏せたのが
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
畑中はたなかみちはて
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
よ、ほか人一個ひとひとりらぬ畑中はたなか其所そこにわびしき天幕てんとりて、るやらずのなかる。それで叔母達をばたちるとも、叔父をぢとも此所こゝとゞまるといふ。
はい、浪打際に子産石こうみいしと云うのがござんす。これこれでここの名所、と土地ところ自慢も、優しく教えて、石段から真直まっすぐに、畑中はたなかを切って出て見なさんせ、と指さしをしてくれました。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
加之それにまへ諸氏しよし發掘はつくつしたのは、畑中はたなかつかかたちしてところで、それはいまひらかれてかたちめぬ。
最後さいごに、偶然ぐうぜんにも、それは鶴見驛つるみえきから線路せんろして、少許すこしつた畑中はたなかの、紺屋こうや横手よこて畑中はたなかから掘出ほりだしつゝあるのを見出みいだした。普通ふつう貝塚かひづかなどのるべき個所かしよではない、きはめて低地ていちだ。
玄子げんしとははやしりて、えだきたり、それをはしらとして畑中はたなかて、日避ひよけ布片きれ天幕てんとごとり、まめくきたばにしてあるのをきたつて、き、其上そのうへ布呂敷ふろしきシオルなどいて