温暖あたたか)” の例文
こういう友達と一緒に、捨吉は薄暗い世界を辿たどる気がした。若いものを恵むような温暖あたたかい光はまだ何処からも射して来ていなかった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
明後日が初酉の十一月八日、今年はやや温暖あたたかく小袖を三枚みッつ重襲かさねるほどにもないが、夜がけてはさすがに初冬の寒気さむさが感じられる。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一たびも日金がおろさず、十四五年にも覚えぬという温暖あたたかさ、年の内に七分咲で、名所の梅は花盛り、紅梅もちらほら交って、何屋、何楼、娘ある温泉宿ゆやどの蔵には、ひなが吉野紙のかつぎを透かして、あの
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
旅するものに取ってはこの上もない好い日和ひよりだった。汽車が国府津の方へ進むにつれて、温暖あたたかい、心地こころもちの好い日光が室内にあふれた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
温暖あたたかい晩だ。この陽気では庭の花ざかりも近い。復た夜が明けてからの日光も思いやられる。光と熱——それはすべての生物の願いだ。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこまで行くと余程温暖あたたかだった。停車場の周囲まわりにある建物の間から、二月の末でも葉の落ちないような、濃い、黒ずんだ蜜柑畠みかんばたけが見られる。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
最早もう山の上でもすっかり雪が溶けて、春らしい温暖あたたかな日の光が青いこけの生えた草屋根や、毎年大根を掛けて干す土壁のところにあたっていた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
旧両国の橋の下の方から渦巻き流れて来る隅田川の水は潮に混って、川の中を温暖あたたかく感じさせたり冷たく感じさせたりした。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
新しい青い部屋へやの畳は、うぐいすでもなき出すかと思われるような温暖あたたかい空気にかおって、夜遊び一つしたことのない半蔵の心を逆上のぼせるばかりにした。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
旧暦で正月を迎えようとする村々を通過ぎた時は、途中で復た煤掃すすはきの音を聞いた。一日々々と捨吉は温暖あたたかい東海道の日あたりの中へ出て行った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
天城を越したら送れと言つたY君を始め、信州のT君へは、K君と私と連名で書いた。旅の徒然つれ/″\に土地の按摩を頼んだ。温暖あたたかい雨の降る音がして來た。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
種々いろいろ色彩いろに塗られた銀座通の高い建物の壁には温暖あたたかな日があたっていた。用達の為に歩き廻る途中、時々彼は往来で足を留めて、おせんのことを考えた。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
半ば病人のような眼付をして、彼は柳並木の下をったり来たりした。白壁にあたる温暖あたたかい日は彼の眼に映った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一雨ごとに温暖あたたかさを増して行く二月の下旬から三月のはじめへかけて桜、梅のつぼみも次第にふくらみ、北向の雪も漸く溶け、灰色な地には黄色を増して来た。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
温暖あたたかい雨がポツポツやって来るように成った。来るか来るかと思ってこの雨を待侘まちわびていた心地はなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
温暖あたたかな日に屋外そとへ出て見ると、日光は眼眩まぶしいほどギラギラ輝いて、静かにながめることも出来ない位だが、それで居ながら日蔭へ寄れば矢張寒い——蔭は寒く
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
温暖あたたかい雨は来ても、まだ火のそばがいいと言っている得右衛門は、お民から見ればおじさんのような人だ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
温暖あたたかい雨はしとしと降り続いていた。その一日はせめて王滝に逗留とうりゅうせよ、風呂ふろにでもはいってからだを休めて行けという禰宜の言葉も、半蔵にはうれしかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その色は木曾谿あたりに見られるやうな暗緑のそれでなくて、明るい緑だつた。半里はんみちばかり下りた。いくらか温暖あたたかに成つた。道路には最早霰が消えかゝつて居た。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
氏神への参拝を済まして鳥居とりいの外へ出るころ、冬にしては温暖あたたかな日の光も街道にあたって来た。彼はその道を国境くにざかいへと取って、さらに宿はずれの新茶屋まで歩いた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
温暖あたたかい雨が通過ぎた。その雨が来て一切のものをらす音は、七年住慣れた屋根の下を離れ行く日の次第に近づくことを岸本に思わせた。早くこの家を畳まねば成らぬ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
温暖あたたかな平野の地方ではそれほど際立きわだって感じないようなことを、ここでは切に感ずる。寒い日があるかと思うと、また莫迦ばかに暖い日がある。それから復た一層寒い日が来る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
窓の外では、温暖あたたかい雨の降る音がして来た。その音は遠い往時むかしへお種の心を連れて行った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一雨ごとに山の上でも温暖あたたかく成って来た時で、いくらか湿った土には日があたっていた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夜中から降出した温暖あたたかな雨は、翌朝よくあさに成って一旦んで、更に淡い雪と変った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もはや、温暖あたたかい雨は幾たびとなく木曾の奥地をも通り過ぎて行ったころである。山鶯やまうぐいすもしきりになく。五平が贄川にえがわでの再会を約して別れて行った後、半蔵はひとり歌書などを読みちらした。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
幾度いくたびか既に温暖あたたかい雨が通過ぎた後の町々の続いた屋根が彼の眼に映った。噂好うわさずきな人達の口に上ることもなしに、ともかくも別れて行くことの出来るその朝が来たのを不思議にさえ思った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこで造らるる檜木笠ひのきがさにおいと、石垣いしがきの間を伝って来る温暖あたたかな冬の清水しみずと、雪の中にも遠く聞こえる犬や鶏の声と。しばらく半蔵らはその山家の中の山家とも言うべきところに足を休めた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
部屋から見える坪庭には、山一つ隔てた妻籠つまごより温暖あたたかな冬が来ている。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この話を持って、小諸をさして帰って行く頃は、上州辺は最早もう梅に遅い位であった。山一つ越えると高原の上はまだ冬の光景ありさまで、それから傾斜を下るに従って、いくらかずつ温暖あたたかい方へ向っていた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
凍った土ばかり眺めていたお新が、熱海あたみか伊東あたりの温暖あたたかい土地へ、もし行かれるなら行きたいと言っていることは、お牧への話で山本さんも知っていた。お新は産後と言っても時が経っている。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)