外聞がいぶん)” の例文
わたしはもうみえも外聞がいぶんも考えませぬ。たとえあの気違きちがいがどのようなふうをしていようと、気違いですものしかたがありません。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
土工や石工いしくなどになぶり殺しになったのだとはご存じないし、また、左様なことは、外聞がいぶんがわるくて、身寄りの者や世間へも披露いたしにくい。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
倭文子は余りの恐ろしさに、恥も外聞がいぶんも忘れて、パチャンと浴槽に飛び込むと、いきなり三谷青年の裸体にしがみついた。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さあ、油を売ってたようで外聞がいぶんが悪い。俺もハネ出し物を三番のいかだへ寄せに行こう。手前も早く二番堀の仕事に行け。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「まあ、わたしはやってみる。こうなれば、はじ外聞がいぶんもない。明日あすからでも、まちかどって、しゃく八をくつもりだ。」
青い草 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おもてむきは、心臓麻痺まひという事になっているけれども、たしかに自殺だ。うちで使っていた色の黒い料理人と通じて、外聞がいぶんが悪くなって自殺したのだ。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
腹が立つやら悲しいやら、なんともお話になりませんような訳で、世間に対しても外聞がいぶんが悪うござります。
馬妖記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
恥も外聞がいぶんもなく狸婆アの嫁いじめのような泥くさいことを平然とやってのけたが、古今東西、天下をとった男の中でこれぐらい不手際のとり方はめったにない。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
折角せっかく仕掛しかかった物が出来ないといっては学者の外聞がいぶんが悪いとか何とかうようなけで、私だの久留米の松下元芳まつしたげんぽう鶴田仙庵つるたせんあん等は思切おもいきったが、二、三の人はやった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
俊助はこんな醜い内幕うちまくに興味を持つべく、余りに所謂いわゆるニル・アドミラリな人間だった。ましてその時はそれらの芸術家の外聞がいぶんも顧慮してやりたい気もちがあった。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
見栄みえ外聞がいぶんもなく加奈子にまかせ切った様子が不憫で、また深々と抱き寄せる加奈子の鼻に、少し青くさいような、そして羊毛のような、かすかな京子の体臭が匂う。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「わたしが? わたしが軍人? わたしが軍人になれりゃとうになっています。今頃は死んでいます。久一さん。御前も死ぬがいい。生きて帰っちゃ外聞がいぶんがわるい」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「まあ、よかった」と私ははじ外聞がいぶんも忘れて女房に話しかけた。「私は、お前を殺したとばかり思っていたよ。お前は生きていて呉れて、こんなに嬉しいことは無い」
殺人の涯 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あさっぱらの柳湯やなぎゆは、町内ちょうないわかものと、楊枝削ようじけずりの御家人ごけにん道楽者どうらくもの朝帰あさがえりとが、威勢いせいのよしあしをとりまぜて、柘榴口ざくろぐちうちそととにとぐろをいたひとときの、はじ外聞がいぶんもない
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
おっとごまかす、外聞がいぶんの悪いことを云ってもらいますまい、これでも岡吉の米と云やぁ、ちっとばかし人様にも知られた男ですぜ、いくら叔父だからって、そんな云いがかりを
寄席の没落 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「マスノさんから手紙もらいましてな、こんなときをはずしたら、もう一生仲間はずれじゃと思うて、はじ外聞がいぶんもかなぐりすててとんできました。先生、かんにんしてください」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
遠い神仏しんぶつを信心するでもなければ、近所隣の思惑おもわくや評判を気にするでもなく、流行はやりとか外聞がいぶんとかつきあいとか云うことは、一切禁物で、たのむ所は自家の頭と腕、目ざすものは金である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「いや、外聞がいぶんがあるんでなあ。まあ、お客さんとして歓待するから、そういうな」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
その顔をまっすぐにあげた弥生、いまは恥も外聞がいぶんも気位もなく、噛みしめた歯ももう泣き声を押し戻すことはできずよよとばかりに、声をたてて慟哭どうこくしている——からだはすこしも動かさずに。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
第一、外聞がいぶんが悪いよ。ああ云うものは当世の情事好いろごとごのみのすることで武人の血を引く石ノ上ノ綾麻呂の息子ともあろうものが、あんなものにかぶれるなどと云うことは大体、体裁ていさいがよくないからな。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
「こんな往来先へ、こんな小さい者を、いくららしめにせよ、小林の外聞がいぶんにもさわる。はやく解いてやんなさい」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
っから何にもせずに居た所が、十四か十五になって見ると、近処きんじょしって居る者は皆な本をよんで居るのに、自分ひとり読まぬと云うのは外聞がいぶんが悪いとか恥かしいとかおもったのでしょう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「そうでしょうね、あんまり外聞がいぶんの好い話じゃないから、きっと隠しているんですよ」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はじ外聞がいぶんわすてたか、徳太郎とくたろうまつろうくちからは、同時どうじ奇声きせいきだされた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
もう一つには主人らは非常に外聞がいぶんを恥じ恐れているのであるから、この問題については、娘たちを医者に診察させるなどということには、おそらく同意しないであろうと、彼は言った。
怪獣 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
恥も外聞がいぶんもなく、きょうは彼の味方と見せて、明日あすは彼を裏切り、節操なく、意地もなく、或る場合には、一族や血縁にすら、弓も引こう血も見よう
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
目付屋敷には、まだ竹屋三位がいるので、そこへいわくのあるお米を連れこむことはできないし、逢曳あいびきのように外でひそひそと話しているのは、なおさら外聞がいぶんにかかわる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武松には変なと疑われても、総督側にすれば、いうまでもない外聞がいぶんのためだったろう。蒋門神の人気は悪い。その無頼漢の肩持ちと世間に見えては、ちょう軍閥一家の威信にかかわる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近国きんごくへうわさがもれては外聞がいぶんにかかわるというので、昨夜ゆうべのさわぎはいっさい秘密ひみつにするよう、家中かちゅうとうもうわたしがあって、ほどなく、躑躅つつじさきたい、つねの平静へいせいに返っていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
古舗しにせの看板や大金持ちの外聞がいぶんもあらあね。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)