境界きょうがい)” の例文
いかにも哀れな、気の毒な境界きょうがいである。しかし一転してわが身の上を顧みれば、彼と我れとの間に、はたしてどれほどの差があるか。
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
丸髷まるまげに結ったり教師らしい地味じみな束髪に上げたりしている四人の学校友だちも、今は葉子とはかけ隔たった境界きょうがいの言葉づかいをして
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
当座四五日は例の老人の顔を見る毎に嘆息而已のみしていたが、それも向う境界きょうがいに移る習いとかで、日を経るままに苦にもならなく成る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
もとより真の已達いたつ境界きょうがいには死生のかんにすら関所がなくなっている、まして覚めているということもねむっているということもない
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
芸妓げいぎのようなものの境界きょうがいを言ったのであるが、その芸妓が酒に身を投げる位であるから、客の方はもとよりいうまでもないことである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一度ひとたびこの境界きょうがいに入れば天地も万有も、すべての対象というものがことごとくなくなって、ただ自分だけが存在するのだと云います。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はしょっちゅうそれをくやしがり寂しがるのみで、その境界きょうがいを打開する方法はあっても、それに対する処置を取り得なかった。
色々の事業をやって、何時いつでもその隠棲的いんせいてきな趣味のために結局は失敗して来た伯父は、六十になってようやく満足の出来る境界きょうがいを得たようであった。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
慣れない事は仕様のない者で中々その初めのうちは云えん者だが明日みょうにち御飯おまんまを喰べる事が出来ないと云う境界きょうがいでございますから一生懸命であります
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これから出逢であわなくてはならない、しばらくの間の陰気な境界きょうがいに対して、この人の来るという事がよほど力になるのである。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
ほんとの、よろこび、安住の境界きょうがい、それはどこにもない。真実の光に浴せる人間らしい“道心どうしん”こそ、いまは欲しい。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまりは自他共に認めたどうにもならぬ境界きょうがいにあるという、ユミのあきらめからくる気のゆるみが、不覚にも心の奥を覗かせることになるのだろうか。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
しかし、電車だの劇場だのは、恐ろしくなるとすぐに戸外へ逃げ出す事が出来るだけ、それだけ汽車程自分を Madness の境界きょうがいへ導きはしなかった。
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかしかくのごときは千古の達人が深く自ら求むるところあって、自ら選択して飛び込んだ特種の境界きょうがいである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
その境界きょうがいを去るの遠近を論ずれば、日本はなおこれに近く、英亜諸国はこれを去ること遠しと言わざるを得ず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この歌も、何の苦も無く作っているようだが、うちにこもるものがあり、調しらべものびのびとこだわりのないところ、家持の至りついた一つの境界きょうがいであるだろう。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
これも又似たることにていかなる境界きょうがいにありても平気にて、出来るだけの事は決して廃せず、一日は一日丈進み行くやう心掛くるときは、心もおだやかになり申者もうすものに候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
私は妹からのたよりで、お前さんたちが、どんなにつらい境界きょうがいを送っているかよく知っている。ま、ねんの明けるまで辛抱しなさいね。決して短気を起こしたりなんかしないでね
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
あの人たちに訳を話すと、おなじ境界きょうがいにある夥間なかまだ、よくのみ込むであろうから、爺さんをお前さんの父親、小児こどもを弟に、不意に尋ねて来た分に、治兵衛の方へ構えるがい。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分の仕事に思うさま働いてみたい——奴隷のようなこれまでの境界きょうがいに、盲動と屈従とをいられて来た彼女の心に、そうした欲望の目覚めて来たのは、一度山から出て来て
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
自然の方則は人間の力ではげられない。この点では人間も昆虫も全く同じ境界きょうがいにある。
津浪と人間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この三月のに、彼が身生はいかに多様の境界きょうがいを経来たりしぞ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
さいぜんも申す通り、我等が境界きょうがい跣足乞食はだしこじきと同じ身分じゃ。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
善吉の今の境界きょうがいが、いかにも哀れに気の毒に考えられる。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
余は実にかやうな境界きょうがいに陥つて居るのである。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「飛んだ事になって来たね」と迷亭君が真面目にからかうあとに付いて、独仙君が「面白い境界きょうがいだ」と少しく感心したようすに見えた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とうとう往来を通る学生を見ていて、あの中に若し頼もしい人がいて、自分を今の境界きょうがいから救ってくれるようにはなるまいかとまで考えた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
お勢は今はなはだしく迷っている、いのこいだいて臭きを知らずとかで、境界きょうがいの臭みに居ても、おそらくは、その臭味がわかるまい。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
証得妙果の境界きょうがいに入り得たら、今度は自分が其の善いものを有縁無縁の他人にも施し与えようとすべきが自然の事である。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
芭蕉のような孤独の境界きょうがいにいる人が、秋の夕暮旅に在りてまだ宿しゅくにもつかず、これからまたとうげを一つ越さねば宿がないというような場合の心持は
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
幼少の鶴見にとっては、これが家庭以外の世間というものにはじめて触れて、未知の境界きょうがいを少しずつ知る機縁となった。
白「其処そこでどうも是迄の身の上では、薄氷はくひょうむが如く、つるぎの上を渡るような境界きょうがいで、大いに千辛万苦しんばんくをした事があらわれているが、そうだろうの」
私はその境界きょうがいがいかに尊く難有ありがたきものであるかをかすかながらもうかがうことが出来た。そしてその醍醐味だいごみの前後にはその境に到り得ない生活の連続がある。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
流々転住るるてんじゅう舟住居ふなずまい。ここしばらくは、思いがけない、気楽な境界きょうがいになったもの……」と弦之丞も、ほほまれる。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けだし廃藩以来、士民がてきとしてするところを失い、或はこれがためその品行をやぶっ自暴自棄じぼうじき境界きょうがいにもおちいるべきところへ、いやしくも肉体以上の心を養い
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
消える印象の名残なごり——すべて人間の神秘を叙述すべき表現を数え尽してようやく髣髴ほうふつすべき霊妙な境界きょうがいを通過したとは無論考えなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
東京のがやがやした綺羅きらびやかな境界きょうがいに神経を消耗しょうこうさせながら享受する歓楽などよりもはるかうれしいことと思っていた。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「そうなれたは、このごろじゃよ。——つまり、いるところに楽しむという境界きょうがいにやっと心がおけてきたのじゃ」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに昇は花で言えば今を春辺はるべと咲誇る桜の身、此方こっち日蔭ひかげの枯尾花、到頭どうせ楯突たてつく事が出来ぬ位なら打たせられに行くでも無いと、境界きょうがいれてひがみを起し
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
其の心のうちたゝかいは実に修羅道地獄の境界きょうがいで、三人で酒を飲んで居りましたが、松五郎は調子のい男で
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
父の心を測りかねていた五人の子供らは、このとき悲しくはあったが、それと同時にこれまでの不安心な境界きょうがいを一歩離れて、重荷の一つをおろしたように感じた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それは今の僕の境界きょうがいでは許されない事です。僕は朝から晩まで機械のごとく働かねばなりませんから。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかしまた黄口こうこうでありながら、おしりに卵の殻がくっ付いているごとき境界きょうがいであるのにかかわらず、ほしいままに人生を脱離したごとく考えているというのは片腹痛い感じがして
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
我々衆生が無心であり得るのはあそびの境界きょうがいにおいてのみである。我々は小供とは違って、いつでも無心ではあり得ない。否定の最後の線を踰える時に、やっと得られる無心である。
もし駆落かけおちが自滅の第一着なら、この境界きょうがいは自滅の——第何着か知らないが、とにかく終局地を去る事遠からざる停車場ステーションである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其他同様の境界きょうがい沈淪ちんりんして居た者共は、自然関東へ流れ来て、秀吉に敵対行為を取った小田原方に居たから、小田原没落を機として氏郷の招いだのに応じて
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
天王寺で紙入れをった罪を深く悔悟している心もわかり、また、その悪い渡世の境界きょうがいから、生れ代ろうとしている悩みも分っているが、より以上、どこまでも
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……葉子はもうそんな境界きょうがいが来てしまったように考えて、だれとでもその喜びをわかちたく思った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それは抽斎が哲学文芸において、考証家として樹立することを得るだけの地位に達していたのに、わたくしは雑駁ざっぱくなるヂレッタンチスムの境界きょうがいを脱することが出来ない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さればおのれの好む所の境界きょうがいが悪いと其の身をはたすような事もあるのでございます。
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)