名代なだい)” の例文
が、蔵前を通る、あの名代なだいの大煙突から、黒い山のように吹出す煙が、渦巻きかかって電車に崩るるか、と思うまですさまじく暗くなった。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それはもう御隠居様ごいんきょさま滅法めっぽう名代なだい土平どへいでござんす。これほどのいいこえは、かね太鼓たいこさがしても、滅多めったにあるものではござんせぬ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
あきべやを借りうけて、伝六ともども待ちうけているところへ、まもなく三宅平七が伴ってきたのは、大奥名代なだいのおしゃべり坊主可賀べくがでした。
団右衛門も名代なだいの豪傑であるが、大隅も幽霊から力を授ったと云う大豪の士で、その後江戸城普請の時、大隅受持の石垣がいく度も崩れるので
大阪夏之陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
名代なだい藪蕎麦やぶそば向畊亭こうこうていはもう跡方もなくなったので、二人は茗荷屋へ午飯を食いにはいった。松吉は酒をのむので、半七も一、二杯附き合った。
半七捕物帳:08 帯取りの池 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ことにこの街道には、がんりきと言って一本腕で名代なだい胡麻ごまはえがいるから、なんでも一本腕の男が傍へ寄って来たら、ウントおどかしてやるがいい
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
淀橋の韮山正直と言やあ、あの島では名代なだいだそうですからねえ。彼奴にかかられて生血をしゃぶり尽された者が、どれ程居るか知れないんですよ。
好日 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
名代なだい名木めいぼく、日の出、入日はもう枯葉ばかりだが、帰りは多摩川へぬけて、月を見ながら鰻でも喰おうというつもり。
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
もっとも風中と保吉とは下戸げこ、如丹は名代なだい酒豪しゅごうだったから、三人はふだんと変らなかった。ただ露柴はどうかすると、足もとも少々あぶなかった。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
亡くなつた足立通衛みちゑ氏の告別式が大阪青年会館で行はれた時、とむらひ演説をした宮川経輝つねてる氏は、霊魂たましひの一手販売人のやうな口風くちぶりで、名代なだいの雄弁をふるつて
昔からの名代なだいの病人で、留学中に入院したこともあり、多くの先生方にもていただきましたが、はかばかしくありません。その病症も不明なのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
妻君も共に笑い「あの人の大食は名代なだいです。しかしあの人は大食の外に悪い所が少しもありません。正直でおとなしくってそうして心が実体じっていですよ」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
源「それでも伯父さんは牛込名代なだいの真影流の達人だから、手前如きものが二十人ぐらい掛ってもかなう訳のものではないよ、其の上わたくしは剣術がごく下手へただもの」
馬琴の剛愎高慢は名代なだいのもので、同時代のものは皆人もなげなる態度に腹を立ったものだそうだが、剛愎高慢は威張らして置けば済むからかえってぎょやすいが
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
頭は名代なだいのデブ頭でにらみの利いた人であったが、おかみさんは「ばあちゃん。」という呼び名でもわかるように、家業柄に似ずおとなしいひとの好い人であった。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
いっぱいの幸福感を顔中にみなぎらせて、お絲は、風雅な朱塗りの箸で名代なだいの共白髪をはさみかけたが
円朝花火 (新字新仮名) / 正岡容(著)
名代なだいの気丈なものだったそうですが、ある夜、もうかれこれけて、夏の夜でしたが、涼み台もしまおうという時分に、その後家のうち軒前のきさき人魂ひとだまがたしかに見えたと
人魂火 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ところで、この蔵前という土地は、江戸でも名代なだいな場所——此所ここには徳川家の米蔵こめぐらが並んでいる。
三十前からつなでは行かぬ恐ろしの腕と戻橋もどりばしの狂言以来かげの仇名あだな小百合さゆりと呼ばれあれと言えばうなずかぬ者のない名代なだい色悪いろあく変ると言うは世より心不めでたし不めでたし
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
しかし、それにしても乗っているのが青バスであるのに、服装がどうも自分の想像している名代なだい女優というものの服装とはぴったり符合しない。多分銘仙めいせんというのであろう。
初冬の日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
広小路に菜飯なめし田楽でんがくを食わせるすみ屋という洒落しゃれた家があるとか、駒形の御堂の前の綺麗きれい縄暖簾なわのれんを下げた鰌屋どじょうやむかしから名代なだいなものだとか、食物くいものの話もだいぶ聞かされたが
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
野のかどに背を後ろに日和ひなたぼっこをして、ブンブン糸繰いとくぐるまをくっている猫背の婆さんもあった。名代なだいの角の饂飩屋うどんやには二三人客が腰をかけて、そばの大釜からは湯気が白く立っていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
東両国では、あわ雪、西で五色茶漬は名代なだいでした。朝は青物の朝市がある。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
計らはんは如何にと相談さうだんありしに山内伊賀亮進出て云やう京坂は荒増あらまし仕濟したれど江戸表には諸役人ども多く是迄これまでとはちがひ先老中には智慧ちゑ伊豆守いづのかみあり町奉行には名代なだいの大岡越前などあれば容易には事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と聴くと、若い時は名代なだい疳癖かんぺきで、ずいぶん横車を押し切っているから、どこから怨みを受けているか、見当も付かないという有様、今度は赤井左門もしおれ返って、口をきくのもおっくうそうです。
獅子橋畔ししきょうはんの繁華な大通りを前にして、一流どこの名代なだいな料亭がある。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんなありさまをくやしがり、かた意地を張って京大阪名代なだいの寿司屋連が、握りなにものぞ、とばかりやり始めたのが、今日京大阪にみる大看板の握り寿司であるが、まるっきり問題になるものではない。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
はばかりながら公事御用に明るくて江戸でも名代なだいの口きき大家だ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「それで気は優しくッて、名代なだいの親孝行で御座います」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ぼくのおばあちゃん、名代なだいのもの知り
なるほど、土地に名代なだいの醸造家がある。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
村で名代なだい鐘撞男かねつきをとこ
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
しかし知れるの、知れぬのとそんなことは通常の人に言うことだ。そのほうも滝の白糸といわれては、ずいぶん名代なだいの芸人ではないか。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
江戸名代なだいの眉間傷がのぞいたからには、只ですむ筈はない。その眉間傷が今日はいちだんとよく光る。主水之介がまた実におちついているのです。
開墾事業だなんぞと言えば、聞えはいいようだが、人間共の得手勝手の名代なだいで、天然の方から言えば破壊に過ぎない。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そん五もとく七もありゃァしません。当時とうじ名代なだい孝行娘こうこうむすめ、たとい若旦那わかだんなが、百にちかよいなすっても、こればっかりは失礼しつれいながら、およばぬこい滝登たきのぼりで。……
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
土地で名代なだい軽焼屋かるやきやの娘とがありましたが、その軽焼屋も大分離れているので、行ったことはありませんかった。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「ともかくあれで、艶っぽいことにかけては、たっしゃなものでございますからな。それに名代なだいの健筆で。」
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「何分よろしく願います。ですけれども、あの備前屋は町内でも名代なだい因業屋いんごうやなんですから」
半七捕物帳:29 熊の死骸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
対手あひて名代なだい千枚張せんまいばりだから大抵な三十さんちでは中々貧乏揺ぎもしない困り物だ。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
江戸ではもう名物のひとつになっている名代なだいの強情おやじ、しょんべん組の森川庄兵衛が、居間の文机のうえにうつむきこんで、なにかしらん、わき目もふらずこつこつやっているところへ
「や、有難う。今だから言ふがこの香こそ名代なだいの赤栴檀だよ。」
西京で名代なだい芋棒いもぼうなんぞもよく蒸してあるから柔いのです
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それが、いろは屋名代なだいの御用帳であった。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
竜閑橋ゃ、名代なだいな橋だがね
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さあ、これからが名代なだい天生あもう峠と心得たから、こっちもその気になって、何しろ暑いので、あえぎながらまず草鞋わらじひも緊直しめなおした。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うちの大旦那様が、今、上方かみがたへ向けて旅をしておいでなさる、上方見物という名代なだいだが、本当はたった一人の娘さんのことが心配になるのでしょう。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
若旦那わかだんな、そいつァ御無理ごむりでげすよ。おせんは名代なだい親孝行おやこうこうくすりいにったといやァ、うそかくしもござんすまい。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
して見ればそれが今日こんにちでは、あの阿媽港甚内と云う、名代なだい盗人ぬすびとになったのでございましょう。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ここらでも名代なだいの貧乏寺さ。いくら近眼ちかめの泥坊だって、あの寺へ物取りにはいるような間抜けはあるめえ。万一物取りにはいったにしても、坊主も虚無僧もみんな屈竟くっきょうの男揃いだ。