於母影おもかげ)” の例文
前年の新年にはS・S・Sの「於母影おもかげ」が載せられ、ことしは鴎外署名の「舞姫」が附録の巻頭を飾った。その書き出しが素晴しかった。
兄は洋行から帰った当座は、いけはたの花園町におりました。そこで「舞姫」や『国民之友』の夏期附録となった『於母影おもかげ』などが出来たのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
於母影おもかげ」が国民之友に出たのが明治二十二年だったかと思う。S・S・Sすなわち新聲社という名前で掲載された。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
第二回の『於母影おもかげ』は珠玉を満盛した和歌漢詩新体韻文の聚宝盆しゅうほうぼんで、口先きの変った、丁度果実くだもの盛籠もりかごを見るような色彩美と清新味で人気を沸騰さした。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
もし旧吹込みの心細いものながら、イザイエの於母影おもかげを知ろうとする人があったならば、五枚のうち、メンデルスゾーンの『協奏曲=ホ短調』の終曲(J三九〇〇)を聴いて見るがいい。