しかしその時の事は、大方忘れてしまった中に、一つ覚えているのは、文楽座ぶんらくざで、後に摂津大掾せっつのたいじょうになった越路太夫こしじだゆうの、お俊伝兵衛を聴いたことだけである。
十九の秋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)