“庚午(こうご)” の例文
文化七年庚午(こうご)の歳に生れ詩を大窪詩仏(おおくぼしぶつ)、菊池五山(きくちござん)に学び、十六歳にして『寰内(かんない)奇詠』を著し神童と称せられた。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ごらん下さいましたか? サッポロ府の広袤(こうぼう)は方一里、オダル、ゼニバコ街道とチトセ越えの本願寺街道も通じました、——これを取り巻く農村は、庚午(こうご)一、二、三と合せて九十六戸の二百人
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
この時代の珍重すべき武鑑は——もはや武鑑とはいわず『藩銘録(はんめいろく)』と題されているのだが、わたしの手もとにあるのは明治三年庚午(こうご)初春荒木氏編輯(へんしゅう)、御用書師和泉(いずみ)屋市兵衛、須原屋茂兵衛共同出版の
武鑑譜 (新字新仮名) / 服部之総(著)
明治三年庚午(こうご)の歳毅堂は四十六、枕山は五十三である。二月二十六日に鷲津蓉裳の次子順光が生れた。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)