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大塩平八郎
ふりがな文庫
“大塩平八郎”のいろいろな読み方と例文
読み方
割合
おおしおへいはちろう
66.7%
おほしほへいはちらう
33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
おおしおへいはちろう
(逆引き)
大阪では
大塩平八郎
(
おおしおへいはちろう
)
の乱が二月に起り、江戸でも春から人気が沈み切って、毎日何百という
飢死
(
うえじに
)
がある有様です。
黄金を浴びる女
(新字新仮名)
/
野村胡堂
(著)
大塩平八郎
(
おおしおへいはちろう
)
が事を大坂に挙げたのは二月十九日である。星巌は詠史二首を賦した。
下谷叢話
(新字新仮名)
/
永井荷風
(著)
大塩平八郎(おおしおへいはちろう)の例文をもっと
(2作品)
見る
おほしほへいはちらう
(逆引き)
便所にゐた瀬田は
素足
(
すあし
)
で庭へ飛び出して、一本の梅の木を足場にして、奉行所の北側の
塀
(
へい
)
を乗り越した。そして
天満橋
(
てんまばし
)
を北へ渡つて、陰謀の首領
大塩平八郎
(
おほしほへいはちらう
)
の家へ
奔
(
はし
)
つた。
大塩平八郎
(新字旧仮名)
/
森鴎外
(著)
大塩平八郎(おほしほへいはちらう)の例文をもっと
(1作品)
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“大塩平八郎”の解説
大塩 平八郎(おおしお へいはちろう)は、江戸時代後期の儒学者、大坂町奉行組与力。大塩平八郎の乱を起こした。
通称は平八郎、諱は正高、のち後素(こうそ)、字は子起。号は連斎・中軒・中斎。家紋は揚羽。大塩家は今川氏の末流と言われ、本家は尾張藩の馬廻として仕えた。その分流が抱席の大坂東町奉行組与力となり、平八郎は初代の大塩六兵衛成一から数えて8代目にあたる。大坂天満に生まれた。かつては平八郎が養子で阿波国の生まれとする説も存在したが、乱に関する幕府評定所の吟味書の記述などから、養子である可能性は否定されている。
(出典:Wikipedia)
大
常用漢字
小1
部首:⼤
3画
塩
常用漢字
小4
部首:⼟
13画
平
常用漢字
小3
部首:⼲
5画
八
常用漢字
小1
部首:⼋
2画
郎
常用漢字
中学
部首:⾢
9画