堂木だんぎ)” の例文
東野山の砦には堀秀政の五千人、街道の北方に、小川佐平次祐忠すけただの千人。また堂木だんぎ山には、山路将監しょうげん正国、木下半右衛門などの勢各〻五百。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前田利家父子の持ちは、塩津から堂木だんぎ、神明山にわたる一線の警戒にあり、そのため前田隊の兵二千は、権現ごんげん坂から川並かわなみ村の高地茂山しげやまあたりにかけてまっていた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中入なかいりの一挙は、首尾上々、味方の大勝に帰したとはいえ、なお賤ヶ嶽、岩崎山、堀秀政の東野山より堂木だんぎへわたる敵のうごきも定かでない。飯咬めしかむあいだも油断あるな。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)