立籠たてこも)” の例文
一方では真実の役者がそれぞれ立派に三座にっていたが、西両国という眼抜きの地に村右衛門が立籠たてこもったので素破すばらしい大入おおいりです。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
ただ長い間同じ下宿に立籠たてこもっているという縁故だか同情だかがもとで、いつの間にか挨拶あいさつをしたり世間話をする仲になったまでである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その水の手の切れた、敵から案内を知り抜かれている、狭い、窮屈な牙城に一人か二人しか居ない探偵小説家は立籠たてこもろうとしているのだ。
探偵小説の真使命 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
江戸ッ子風の洒脱しゃだつらしく見えて実は根ッから洒脱でなかった。硯友社という小さな王国に立籠たてこもって容易に人を寄せ付けなかった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
弥五兵衛以下一族の立籠たてこもりという順序に、阿部家がだんだん否運に傾いて来たので、又七郎は親身のものにも劣らぬ心痛をした。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かようにして内裏だいりの東西とも一望の焼野原となりました上は、細川方は最早や相国寺を最後の陣所と頼んで、立籠たてこもるばかりでございます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
一八八八年の秋頃から、マターファは公然兵を集めて山岳密林帯に立籠たてこもった。独逸の軍艦は沿岸を回航して叛軍の部落に大砲をぶち込んだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
むしろ宮戸座あたりの小芝居に立籠たてこもって、気楽に自分の好きな芝居を演じている方が、ましであると思っていたかも知れない。
源之助の一生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
吉之丞は、当然、大阪城に立籠たてこもり、東軍を迎えて花々しい一戦に及ぶのだろうと推量していたが、それらしいこともないので意外の感にうたれた。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
睥睨へいげいしようとする職人上りで頭が高い壮年者と青年は自らの孤独な階級に立籠たてこもって脅威し来るものをののしる快を貪るには一あって二無き相手だった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「お十二になられた。おいたわしや、父の殿、堀遠江守ほりとおとうみのかみ様には、先年亡くなられ、今はまた、十二の御幼少で、この城に立籠たてこもられ、御運のほども……」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分が援助するつもりで来た成合平左衛門にかえったすけられる形となって、佐沼の城へ父子共立籠たてこもることになった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
壮太郎はそれに気を腐らして、この一冬をどうしてお島と二人で、この町に立籠たてこもろうかと思いわずろうた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
およそ四海に事を為す能わざる時に、この山国に立籠たてこもって天下のせいを引受けてみるも一興ではないか
實驗室——彼れの庵室とも、城郭とも、宮殿とも昨日まで思つて、この六年間立籠たてこもつてゐた實驗室を彼れはいま/\しげに見まはした。そこは機械と塵埃との荒野だつた。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
山田やまだ書斎しよさいは八ぢやうでしたが、それつくゑ相対さしむかひゑて、北向きたむきさむ武者窓むしやまど薄暗うすぐら立籠たてこもつて、毎日まいにち文学の話です、こゝ二人ふたりはなならべてるから石橋いしばししげく訪ねて来る
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
じつ矢叫やさけびごとながれおとも、春雨はるさめ密語さゝやきぞ、とく、温泉いでゆけむりのあたゝかい、山国やまぐにながらむらさきかすみ立籠たてこもねやを、すみれちたいけと見る、鴛鴦えんわうふすま寝物語ねものがたりに——主従しゆじう三世さんぜ親子おやこ一世いつせ
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
原城では十二月朔日に立籠たてこもつた一揆軍が矢狭間やはざまを明け堀をほり、この工事が完成して妻子を城内へ引入れた日であり、その翌日には天草甚兵衛が手兵二千七百をひきつれて入城してゐる。
島原の乱雑記 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
然れども宗教にしていつまでも乾燥なる神学的の論拠に立籠たてこもらんか、美術も亦た己がじゝなる方向に傾かんとするは、当然の勢なり。宗教の度と美術の度とは、殆ど一種の比例をなせり。
万物の声と詩人 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
それも人に煩わされることが多いというので、最近には、別に小さい物理実験室を、赤耀館から小一町もへだたったところに建てて、時には一日中も其の中に立籠たてこもっていることがありました。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
家士五十三名、小者十八名、他に十二名の奴婢おんなはとっくに逃がしてあったので、図書ともに七十二名が立籠たてこもった訳である……図書は敵をこの屋敷へ引付け、機をみて一挙に決戦する考えであった。
三十二刻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……「素朴そぼくな」人間の心を喪失そうしつしている。都の人達はみんな利己主義です。享楽きょうらく主義です。自分の利慾しか考えない。自分の享楽しか考えない。みんな自己本位の狭隘きょうあいなる世界に立籠たてこもっています。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
母の秘密を保つ身は自分自身の秘密に立籠たてこもらねばならなくなった。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「甲府へ立籠たてこもって——」
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
かやうにして内裏だいりの東西とも一望の焼野原となりました上は、細川方は最早や相国寺を最後の陣所と頼んで、立籠たてこもるばかりでございます。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
そこに立籠たてこもっている兵も千二百ぐらいな小勢でしかない。しかし山腹のけんを負い、渓谷を前にし、寄手の作戦行動は、極めて狭隘きょうあいな悪地にしかゆるされない条件にある。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
学者の生活に気のつかなかった自分は、Hさんのこの言葉で、急に兄の日常をおもい起した。彼らの書斎に立籠たてこもるのは、必ずしも家庭や社会に対する謀反むほんとも限らなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眞蒼まつさをに痩せさらぼへたY子の顏の二つの眼だけに、凡ての生命が死に追ひつめられて立籠たてこもつたやうに見えた。彼女はその眼で少しでも生命のあるものは引よせて食はうとした。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
ほとんど母屋とは往来をしないで立籠たてこもっているかと思えば、土蔵の中にはお銀様が、うらむが如く、泣くが如く、いきどおるが如く、ほとんど日の目を見ることなしに籠っているのであります。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
鬼村博士は、どの市民よりも、ずっとずっと早くから、あの凄惨せいさんきわまる事件を忘れてしまったかのような面持で、何十年一日の如き足どりで化学研究所に通い、実験室に、立籠たてこもっていた。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「いや、盗賊どろぼうも便利になった。汽車に乗って横行じゃ。倶利伽羅峠に立籠たてこもって——御時節がらしからん……いずれその風呂敷包みも、たんまりいたした金目のものでございましょうで。」
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
天嶮てんけん立籠たてこもる敵方と、素裸の陣地にあるお味方とは、ほとんど同数の兵かと見られます、加うるにお味方の兵、地の理にくらく、敵は闇夜でもこの辺の道には迷わぬ地侍です。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時に糸川老人の宿った夜はあたかも樹木挫折ひしおれ、屋根ひさし摧飛くだけとばんとする大風雨であった、宿の主とても老夫婦で、客とともに揺れ撓む柱を抱き、わずかに板形の残った天井下の三畳ばかりに立籠たてこもった
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ふふふ、こいつはあまり誰にも聞かせたくないビッグ・アイデアだがね、外ならぬお仲間たちだから喋るが、実はアルプスの山の中へ立籠たてこもるんだ。氷に穴をあけてね。そこにいれば大丈夫だよ」
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
十津川とつがわへ退いて、都合つごう二千余人で立籠たてこもった時の勢いは大いにふるったもので、この分ならば都へ攻め上り、君を助けて幕府を倒すこと近きにありと勇み立ち、よく戦いもしたけれど、紀州、藤堂、彦根
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
佐和山には、浅井の家中磯野丹波守いそのたんばのかみの手勢がなお立籠たてこもっていたからである。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
応接所の戸をぴんと閉めて、人払ひとばらいの上立籠たてこもれるは深川綾子と怪しき婦人おんな
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五千の人間が立籠たてこもっていられるだろうかと疑えるほど、小さなものだった。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この人数が、二階に立籠たてこもる、と思うのに、そのまたしずかさといったら無い。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)