野火のび)” の例文
枯草かれくさをやく百姓ひゃくしょう野火のびか、あるいは、きこりのたいた焚火たきびであろうか、とある原のなかほどに、チラチラと赤くもえているほのおがあった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生物せいぶつのやうにうごめき、きらめき、なめつくす野火のびに燒かれるヒースの山が、リード夫人を呪ひ脅迫けふはくした私の心の状態に、ぴつたり適合するに違ひない。
行所にはるか向ふに火の光りの見えければ不思議に思ひ此原は未だ人里ひとさとまでは程あるを彼處かしこに火の光り見ゆるは如何にも心得こゝろえずと思ひ段々だん/\ちかづきて樣子を見れば野火のび
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
自分じぶんみことのお指図さしずで、二人ふたりばかりの従者ともにまもられて、とあるおか頂辺いただきけて、みこと御身おんみうえあんじわびてりましたが、そのうちほうからきゅうにめらめらとひろがる野火のび
重い冷たい潮霧ガス野火のびの煙のように濛々もうもうと南に走って、それが秋らしい狭霧さぎりとなって、船体を包むかと思うと、たちまちからっと晴れた青空を船に残して消えて行ったりした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あるときは、百しょうらがいている野火のびが、真紅まっかはなかぜになびいている姿すがたとなってえたりして、そのなかんで、ながたびをつづけたすえに、むなしくんでしまった仲間なかまもあります。
北海の波にさらわれた蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
元來がんらいこのたい樹木じゆもくはすべて常緑濶葉樹じようりよくかつようじゆで、こなら、くぬぎなど落葉濶葉樹らくようかつようじゆがそのあひだ點々てん/\まじつてゐるはずなのですが、常緑濶葉樹じようりよくかつようじゆむかしからたび/\られたり、また野火のびがいつたため、かず
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
そんな話が、口から口へと、野火のびのように拡がって行きます。
野火のび三次さんじは舌打をして居竦いすくまった。
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ああ、園は野火のびに焼かれて
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
なづさふ野火のびけむりのみ
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
鉄砲の火が枯れ葉に燃えついたのか、蹴ちらされた営内の火の気が野火のびとなったものか、川中島一帯の空は、墨を流したような煙である。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ことに親佐が仙台支部長として働き出したキリスト教婦人同盟の運動は、その当時野火のびのような勢いで全国に広がり始めた赤十字社の勢力にもおさおさ劣らない程の盛況を呈した。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
人穴ひとあなから燃えひろがった野火のびは、とどまるところを知らず、ほうにわたって、濛々もうもうと煙をたてているので、下界げかいのようすはさらに見えない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このあたり、野火のびの煙がないので、竹童が鷲の背から小手をかざしてみると、法師野の山村、手にとるごとしだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして小次郎の、過去ともつかず、今ともつかぬ、幻覚と妄想を、野火のびのような情炎で焼きつくした。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
煙のなかに去りゆくものは、祖先のまぼろしと豪奢ごうしゃな一時代の夢だった。いくさは、文化の野火のびである。焼地からえだす草は、やがてすべて若々しくて生命が新しい。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)