襟首えりくび)” の例文
次のページにはリエナが戸外のベンチで泣いているところへクジマが子ねこの襟首えりくびをつかんで頭上高くさし上げながらやって来る。
火事教育 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
なおも並木で五割酒銭さかては天下の法だとゆする、あだもなさけも一日限りの、人情は薄き掛け蒲団ぶとん襟首えりくびさむく、待遇もてなしひややかひらうち蒟蒻こんにゃく黒し。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
老人はだん/\腹が立つて来たと見えて、突然人形の附いてゐるデン/\太鼓を取り上げると、自分の襟首えりくびに差し込んで見せた。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
むしろ彼を妨害する始末で、老人たちは腕を前に出し、誰かの手が——彼は振向く暇もなかった——背後から襟首えりくびをつかんだ。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
見のがせることではない——今しも、開け放してあった雨戸の口から外へ出ようとする盗賊の襟首えりくびを持って引き下ろしました。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一人がお綱の襟首えりくびをつかんで血塗れの娘の胸から力まかせに引離したが、お綱はくるりと振向いてサッと片腕をふり男の顔を力一杯張りつけた。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
けれどもいまにもうしろから鬼婆おにばばあ襟首えりくびをつかまれそうながして、ばかりわくわくして、こしがわなわなふるえるので、あし一向いっこうすすみません。
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
どこからか外れ飛んで来た羽子はねが、ヒョイと壁辰の襟首えりくびに落ちた。女の児が追っかけて来てさわぎ立てる。壁辰は、にっこり掴み取って、投げ返した。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
見る見るお隅の顔色が変って来て、「線路の番人」と図星をされた時は、耳の根元から襟首えりくびまでも真紅にしました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
宮内は骨細い生れつきで、襟首えりくびのあたりは女かと思うばかり、やわらかい線をしていた。見るからに弱々しいのは姿ばかりではなく、実際に非力ひりきであった。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
そうなればもう襟首えりくびをつかまれた子供より他愛なかった。一番遠くに出ていたし、それに風の工合も丁度反対の方向だった。皆は死ぬことを覚悟した。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
恐ろしいこぶしは彼の襟首えりくびをねらっているし、ジャヴェルもおそらく四つつじの片すみに待ち受けているだろう、そうジャン・ヴァルジャンは想像していた。
さあそれに賛成して立ち上れッ。それだけ云っても、まだムニャムニャ寝言の続きを云うようだったら、この冷たいビールを襟首えりくびへぶちまけるがどうだ!
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
書院の障子いちめんにその月光が青白くさんさんとふりそそいで、ぞおっと襟首えりくび立つような夜だった。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
すでに父母は死んでいるとはいえ、定雄は子供を見せに堂へ行くのは初めてのこととてりを打った石橋を渡る襟首えりくびに吹きつける風も穏やかに感ぜられた。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
巡査は心に喜んで、闇を探りながらと寄って、の一匹の襟首えりくびを掴んだ。が、敵も中々素捷すばやかった。たちまその手を払い退けて、口にくわえたる刃物を把直とりなおした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
御米およねは十時過じすぎかへつてた。何時いつもより光澤つやほゝらして、ぬくもりのまだけないえりすこけるやう襦袢じゆばんかさねてゐた。なが襟首えりくびえた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
お払い箱というときは襟首えりくびをつままれて、腰骨を蹴られてポンとほうりだされるが、これも挙措きょそ動作がひじょうな誇張のもとに行われる、南米のラテン型の一つ。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
洞の高さは、私たちの背丈の倍ほどありましたから、歩くのは自由でしたが、岩のしづくがポツン/\と落ちて来てそれがたまに襟首えりくびへかゝります。私は思はず
時男さんのこと (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
白い襟首えりくび、黒い髪、鶯茶うぐいすちゃのリボン、白魚のようなきれいな指、宝石入りの金の指輪——乗客がこみ合っているのとガラス越しになっているのとを都合のよいことにして
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そのままそこにすわり込んでそんな風に話し出す姉であったが、そう云う間にも、もう子供たちが上って来て二人の襟首えりくびに取りすがるので、暑苦しい、下へ行ってなさい
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、ひとりつぶやきながら、行水の湯盥ゆだらいひたって、こよいは特別丹念に、黒い襟首えりくびなど洗っていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八五郎は飛んで行くと、おど/\した香之助の襟首えりくびをつかんで井戸端へ引摺つて來ました。
今日も、午後ひるすぎの薄陽の射してる内から、西北の空ッ風が、砂ッ埃を捲いて来ては、人の袖口や襟首えりくびから、会釈えしゃくも無く潜り込む。夕方からは、一層冷えて来て、人通りも、恐しく少い。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
隔ての障子の中では、井伊直弼がしきりに、右の襟首えりくびへ手をやっては眉をしかめていた。
城中の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
家では男が出ていったあとで、女は又ぺったりと坐って、うつらうつらと何か考えていたようだったが、いきなり襟首えりくびを持って引き据えられたように顔をあげた。真白になっていた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
掃除に来た駅夫に、襟首えりくびをつかまえられて小突き廻されると、「うるさいな」といった風で外へ出て行くが、またじきに戻ってきて、じっとストーヴの傍に俯向いて立ったりしていた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
私がひざまずいていると、地面から首のところへ梯子をかけ、一人がこの梯子にのぼって、私の襟首えりくびから地面まで、おもりのついた綱をおろす、それがちょうど、上衣の丈になるのでした。
手足を泥だらけにした野良着のらぎのままであったが、肩をそびやかして土間に這入はいるとイキナリ、人形をさし上げている爺さんの襟首えりくびに手をかけてグイと引いた。振袖人形がハッと仰天した。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ワーニャ (花束を椅子いすの上に置き、興奮のていで、顔や襟首えりくびをハンカチでく)
襟首えりくびが急に寒い。雨戸をめに立つと、池の面がやや鳥肌立つて、冬の雨であつた。火鉢に火をいれさせて、左の手をその上にかざし、右の方は懐手ふところでのまま、すこしになつてゐると
聴雨 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
まったく怒り狂って、私はすぐに自分をそうして邪魔した男の方へ振り向き、荒々しくそいつの襟首えりくびをひっつかんだ。彼は、私の予期したとおり、私のとまったく同じ衣装を身につけていた。
此の村へも盗人ぬすっと這入へえりやアがるだろうと思うから、其の野郎の襟首えりくびを取って引摺ひきずり倒した、すると雷が落ちて、己はどんな事にも驚きゃアしねえが雷には驚く、きゃアと云って田のくろへ転げると
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
百姓らは激昂げっこうして、その怒った顔をロールヘンの顔に近づけ、鼻先で怒鳴りつけていた。そのうちの一人は、彼女を打とうとする様子をした。ロールヘンにれてる男は、その男の襟首えりくびをつかんだ。
練習中にも、汚い冗談ばっかり言い散らしている。ふざけている。梶ばかりでなく、メンバー全体が、ふざけている。だらけている。ひとりひとり襟首えりくびをつかまえて水につっ込んでやりたい位だった。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
まご/\してゐるうちに、遂々とう/\一平に襟首えりくびを引ツつかまれて
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ちょうど私の襟首えりくびのところへ突きささりました。
アイヌ神謡集 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
襟首えりくびにぞっと悪寒をおぼえたくらいだった。
襟首えりくびを見せてつむりを下げた。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
襟首えりくびを流るゝ汗や天瓜粉てんかふん
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
右に持っている杖を左に持替えて、そうして米友は、その行倒れの襟首えりくびをとって引卸して見ようと思って、その手ごたえに、我ながら度胆を抜かれた形で
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おやとおもって、つながそっとふりくと、なんだかざらざらしたかたいものがかおにさわりました。それといっしょにいきなりうしろから襟首えりくびをつとつかまれました。
羅生門 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
横顔だけすこし見える彼女の後姿は、房々とした髪におおわれた襟首えりくびのあたりから、肩の辺へかけて、女らしい身体の輪廓りんかくを見せた。横から見た前髪の形も好かった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
痴川は咄嗟に大憤慨して跣足はだしのままで玄関を飛び降りると、伊豆の襟首えりくびを掴まえて顔をねじもどして
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ヒヤリとした空気が、襟首えりくびのあたりにれた。気がついてみると、もう屋上に出ていた。あたりは真暗まっくら。——ただ、足の下がキラキラ光っている。水が打ってあるらしい。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「あッ——」と、つかんですてると、それは小さな白蛇しろへびである。こんどはたおれている竹童の胸へのって、かれのふところへ鎌首かまくびを入れ、スルスルと襟首えりくびへ、銀環ぎんかんのように巻きついた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
縮緬ちりめんのすらりとしたひざのあたりから、華奢きゃしゃな藤色のすそ白足袋しろたびをつまだてた三枚襲さんまいがさね雪駄せった、ことに色の白い襟首えりくびから、あのむっちりと胸が高くなっているあたりが美しい乳房ちぶさだと思うと
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
と云ううちに王様は立ち上って、泣き叫ぶ姫の襟首えりくびをおつかみになりました。
オシャベリ姫 (新字新仮名) / 夢野久作かぐつちみどり(著)
踊子らもりぬきと見えそれぞれに優劣の差のない、揃った清潔な感じがした。手穢てあかの染まぬ若い騎兵の襟首えりくびの白さにちらりとほの見える茎色のつやがあった。実に眼醒めざめるばかりの美しさだった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
平次の手はその襟首えりくびへむんずと掛りました。