蝉時雨せみしぐれ)” の例文
そのうち毘沙門びしゃもんの谷には、お移りになりまして二度目の青葉が濃くなって参ります。明けても暮れても谷の中はかしましい蝉時雨せみしぐればかり。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
落葉松からまつの林中には蝉時雨せみしぐれが降り、道端には草藤くさふじ、ほたるぶくろ、ぎぼし、がんぴなどが咲き乱れ、草苺くさいちごやぐみに似た赤いものが実っている
浅間山麓より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鹿ヶ谷のふもとに来ると、そこは、夏木立と涼しい蝉時雨せみしぐれにつつまれていたが、人の数は、ひとすじの山路に、きりを立てる隙もないほどだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
椰子の葉を叩くスコールの如く、麺麭パンの樹に鳴く蝉時雨せみしぐれの如く、環礁の外に荒れ狂う怒濤の如く、ありとあらゆる罵詈雑言ばりぞうごんが夫の上に降り注いだ。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
滝かと思う蝉時雨せみしぐれ。光る雨、輝くの葉、この炎天の下蔭は、あたかも稲妻にこもる穴に似て、ものすごいまで寂寞ひっそりした。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つい一年前までは、この辺は墓原や成金壁なぞで埋められていて、夏なぞはせんだんの樹の蝉時雨せみしぐれの風情があるという、かなり淋しいところであった。
まして蝉時雨せみしぐれというような言葉で表現されている林間のセミの競演の如きは夢のように美しい夏の贈物だと思う。
蝉の美と造型 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
あるとしなつはじめやかたもり蝉時雨せみしぐれ早瀬はやせはしみずのように、かまびずしくきこえている、あつ真昼過まひるすぎのことであったともうします——やかた内部うちっていたような不時ふじ来客らいきゃく
蝉時雨せみしぐれは、一しきりさかりになって山のみどりるるかと思われるやかましさ、その上、あいにくと風がはたと途絶えてしまったので周囲を密閉した苫船の暑さは蒸されるようです。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「油坊主」「蝉時雨せみしぐれ」——などというような綽名あだなさえ、彼にはあったということであるが、しかし彼の饒舌じょうぜつは、もちろん天性にもあったろうけれども職掌からも来ているらしかった。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ちょうど八月四日の正午、しんしんと降る両岸の蝉時雨せみしぐれであった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そのうち毘沙門びしゃもんの谷には、お移りになりまして二度目の青葉が濃くなつて参ります。明けても暮れても谷の中はかしましい蝉時雨せみしぐればかり。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
そうすると、きっと蝉時雨せみしぐれの降る植物園の森の裏手の古びたペンキ塗りの洋館がほんとうに夢のように記憶に浮かんで来る。
二十四年前 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
囲いの中に、おめきや雑音の騒動がハタとやむと、後はまたもとに返ってソヨともしない森の静けさ——住吉村の奥らしく、ジーッと気懶けだる蝉時雨せみしぐれ
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滝かと思ふ蝉時雨せみしぐれ。光る雨、輝く、此の炎天の下蔭したかげは、あたか稲妻いなずまこもる穴に似て、ものすごいまで寂寞ひっそりした。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
おそらくもり蝉時雨せみしぐれだって、ぴったりんだことでございましょう。
信長は云い添えて、なお彼らの小屋掛料こやがけりょうまで施して去った。その行列の遠く降りて行ったあと、峠の蝉時雨せみしぐれは彼の慈悲に泣く飢民きみんの声のようでもあった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蝉時雨せみしぐれが、ただ一つになって聞えて、清水の上に、ジーンと響く。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また、折々の客を辞して、西山の門は、いつも変らない蝉時雨せみしぐれと、寂たる夏木立に委せられていたからであろう。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例のように植木会社の蝉時雨せみしぐれの道を通って家へ帰って来た。誰か、奥へお客が来ているらしく、玄関や庭に打水などしてあって、家の中は森閑しんかんと涼やかだった。
一刻、軍馬もしずかに、蝉時雨せみしぐれの声のみがつつんだ。食と眠りが、秀吉の戦備であった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信長のまわりから、近習がしきりにさわいでいる。蝉時雨せみしぐれもはたと止むばかりだった。当の信長は、馬頭観音堂の濡れ縁に病葉わくらばや塵も払わず腰かけて、ひとりの小姓に金扇で風を送らせていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)