葭簀よしず)” の例文
装飾のない室の外は葭簀よしず日避ひよけをした外縁ヴエランダになつてゐて、広々した海湾の景色は寝台の上によこたはりながら一目ひとめ見晴みはらすことが出来る。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
夜になるとよくこの辺の売笑婦たちが集まってくる茶めし屋の葭簀よしず囲い。おうまや河岸にはこれが多い。——市十郎はそこへ連れこまれ
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、葭簀よしずを出る、と入違いに境界の柵のゆるんだ鋼線はりがねまたぐ時、たばこいきおいよく、ポンと投げて、裏つきのやぶれ足袋、ずしッと草を踏んだ。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それが女の声であるので、半七ははらのなかでほほえんだ。かれは葭簀よしずのかげに忍んで、隣りの茶店の奥の密談を一々ぬすみ聴いていた。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
車小屋が出来る時、板が間に合わないので、少しの間葭簀よしずを引いて置きましたが、やがてそれをいたのが、片隅に寄せてありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
この境内の玉川尻に向った方に、葭簀よしず張りの茶店があって、肉桂にっけいの根や、煎豆や、駄菓子や、大師河原だいしがわらの梨の実など並べていた。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
畑の一部にある金蓮花はほとんど苅り取られ、園の苗床に冠せてある葭簀よしずや、フレームの天井は明るみ切って、既に夏になり切っている。
唇草 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おどろいて、更に視線を転ずれば、太き松の根方に設けたる葭簀よしずの蔭に、しきりに此方こなたを見ては私語しつゝある五六の婦人を発見せり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
葭簀よしずむしろりではあるが、もう出来上って装飾にとりかかっている、当る三日といえば明日のことだ——昨日小屋がけをして
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
或る箱の葭簀よしずの下では支那らんちゅうの目の醒めるようなのが魁偉かいいな尾鰭を重々しく動かしていた。葭簀を洩れた日光が余り深くない水にさす。
高台寺 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
葭簀よしずを張りまわした軒並びに鬼灯ほゝづき提燈が下がつて、サイダーの瓶の硝子や掻きかけの氷の上にその灯の色をうつしてゐた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
象は、あわてて麹町一丁目の詰番所わき空地あきちへ引込んで葭簀よしずで囲ってしまい、ご通路の白砂を敷きかえるやら、禊祓みそぎはらいをするやら、てんやわんや。
しかしそれ等の話の中でも最も僕を動かしたものは「御維新」前には行き倒れとか首くくりとかの死骸を早桶に入れその又早桶を葭簀よしずに包んだ上
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
青い空をせいた葭簀よしず日覆ひおいが砂利の上に涼しい影を一面に落していた運動場……わたしの眼にそのさまが浮ぶのである。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
すくなからぬいたずら気分で、足の遅い女の倒れそうになるのも構わず、逸散いっさんにホテルの葭簀よしず小屋まで駆足を続けた。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
お茶屋といったところで、道端に建った粗末な板屋根で、お茶の水の絶壁数丈の下から、足場を組み上げて張り出した、葭簀よしず張りの涼しい別室が名物。
肝心かんじん揚饅頭あげまんじゅうの代を忘れている。長蔵さんは平気なつらをして、もう半分ほど葭簀よしずの外に出て往来をながめていた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葭簀よしずかげからぼんやり早稲わせの穂の垂れた田圃たんぼづらをながめていると、二十はたちばかりの女中がそばへやってきて
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
ちょうど、内の仕事の時らしく、一人の監督に連れられて、燐寸マッチの棒を葭簀よしずにならべて日光に乾していた。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
夏中縁先に張出されてあった葭簀よしず日覆ひおいれて、まだ暑苦しいような日の差込む時が、二三日も続いた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
池の周囲に三カ所の葭簀よしず張りの桟敷を設け、大小の提灯はなやかに景気をつけ、池中へは小伝馬三艘、これへ影芝居、うつし絵、落語手品等の演芸者が乗り込み
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
建具たてぐ取払って食堂がひろくなった上に、風が立ったので、晩餐のたくすずしかった。飯を食いながら、ると、夕日の残る葭簀よしずの二枚屏風に南天の黒い影がおどって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
入口の扉が両方に明け放たれ、その間に葭簀よしずが吊下り、その向うに明るい往来が見えるのである。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
どこかで茶でも飲もうではないか、茶見世ちゃみせぐらいはあるだろうといえば、ありますありますと答えながら、赤い腕章の制帽はそれでも一軒の葭簀よしずの茶亭は通り越してしまう。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
二見が浦で下りて夫婦岩めおといわへ行く途中、海岸へ出ると、軒並に壺焼屋が葭簀よしず小屋を構えている。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
古ぼけた葭簀よしず張りの下に、すこしばかりの駄菓子とラムネ。渋茶を煮出した真黒な土瓶。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
窓の前に一間半の高さにかけた竹の棚には葭簀よしずが三枚許り載せてあつて、其東側から登りかけて居る絲瓜は十本程のやつが皆瘠せてしまうて、まだ棚の上迄は得取りつかずに居る。
九月十四日の朝 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
葡萄園を葭簀よしずかこツて氷店にして、氷をかく臺もあればサイホンの瓶も三四本見えた。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
その間に挟まれて、ほとんど家とは云い難い程の小家の古びたのが一軒あって、葭簀よしずが立て廻してある。わたくしはそれを見て、かつてその前にしきみのあるのを見たことを想起した。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
殊に当節は葭簀よしずの囲いさえ結われたが、江戸ッ児は男も女もさわぐのが面白く、葭簀を境いにキャッキャッとの騒ぎ、街衢をはなれたこの小仙寰せんかんには遠慮も会釈もあったものではない。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
窓の前に一間半の高さにかけた竹の棚には葭簀よしずが三枚ばかり載せてあって、その東側から登りかけて居る糸瓜へちまは十本ほどのやつが皆痩せてしもうて、まだ棚の上までは得取りつかずに居る。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
或る日偶然二階からのぞいたとき、多分夏のたそがれであったのだろう、縁側の閾際しきいぎわに座布団を敷いて明け放された葭簀よしずに背中をもたれながら、蚊柱の立つ夕闇の空を見上げているほの白い顔が
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
直きに引取人が出ないと、桶に入れて葭簀よしずで巻いて置いたものである。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
車屋台のまわりを葭簀よしずで囲い、その中に白木の飯台と腰掛が置いてある。屋台の鍋前にも腰掛があり、そこにも三人くらいは掛けられるから、客のたて混むときには十二、三人は入ることができた。
夜の蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
日蔽ひおおい葭簀よしずはさんざんに破れている。萩のしだれた池の水は土のように濁っている。向日葵も鳳仙花も鶏頭もみんな濡れて倒れていた。
写況雑記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
濠端ほりばたの石置場には、お城の作事場に働いている者や往来の頻繁を当てこんで、何十軒といっていいほど、休み茶屋が、葭簀よしずを張っている。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
心ありそうに、そうすると直ぐに身を引いたのが、隔ての葭簀よしずの陰になって、顔を背向そむけもしないで、其処そこ向直むきなおってこっちを見ました。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしそれ等の話の中でも最も僕を動かしたものは「御維新」前には行き倒れとか首縊くびくくりとかの死骸を早桶はやをけに入れ、その又早桶を葭簀よしずに包んだ上
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その小屋に隠れるつもりで長三郎は何ごころなく踏み込むと、そこに立てかけてある古い葭簀よしずのかげから人が現われた。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
青い空をせいた葭簀よしずの日覆が砂利のうえに涼しい影を落している運動場……わたしの眼にそのさまが浮ぶのである。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
船の中からみのるは思ひ出の多い堤を見た。櫻時分の雨の土堤にはなくてならない背景の一とつの樣に、茶屋の葭簀よしずれしよぼれた淋しい姿を曝してゐた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
東のすみに一夜作りの舞台ぶたいを設けて、ここでいわゆる高知の何とか踴りをやるんだそうだ。舞台を右へ半町ばかりくると葭簀よしずの囲いをして、活花いけばな陳列ちんれつしてある。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
薮畳やぶだたみを控えた広い平地にある紙漉場の葭簀よしずに、温かい日がさして、かぞを浸すために盈々なみなみたたえられた水が生暖なまあたたかくぬるんでいた。そこらには桜がもう咲きかけていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
葭簀よしずを分けるようにして入って行くのを、象の後脚うしろあしのところにしゃがんでいた重右衛門、首だけこちらへ捩向ねじむけて、眼の隅から上眼で睨め上げ、ふふん、と鼻で、笑った。
葭簀よしず張りの掛茶屋が二、三軒、花暖簾に甘酒の屋台、いずれも長い筒の遠眼鏡を備えて、眼鏡を御覧なさい、お休みなすっていらっしゃい、と赤前垂のねえさんが客を呼ぶ。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
葭簀よしずのドアをあけて入ると、二つ向いあった一方のデスクの前で、今年女学校を出てタイプの講習を終ったばかりの千鶴子が、いくらかたどたどしく維持員名簿をうっている。道子は
築地河岸 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
窓の前に一間半の高さにかけた竹の棚には葭簀よしずが三枚ばかり載せてあって、その東側から登りかけて居る糸瓜へちまは十本ほどのやつが皆せてしもうて、まだ棚の上までは得取りつかずに居る。
九月十四日の朝 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
此時、葭簀よしずの陰で、不意に女の泣声がした。喫驚びっくりして見ると、それはお玉。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「あの懐中ばかり見ていた息子も、銭箱の裏ばかり覗いていた娘も、逃げたと見せて、じつは俺の話を葭簀よしずの外で聴いていたよ。俺はあの二人に土竈の仕掛けの事を聴かせてやりたかったんだ」
ちょうど私の立っている場所から沙丘さきゅうがだらだらとくだり坂になったあたりに、葭簀よしず張りの茶店があって、声はその小屋から聞えて来るのです。私と小屋との間隔は五間と離れていませんでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)