なまめか)” の例文
旧字:
さして目に立つほどの容貌きりょうではないが、二十はたちを越したばかりのなまめかしさに、大学を出たばかりの薬局の助手がたちまち誘惑しようとしたのを
老人 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして、その時彼のそばに坐った眉の濃い一人の芸妓げいしゃの姿や、その声音こわねや、いろいろのなまめかしい仕草しぐさが、浮ぶのである。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
最後にその「花かすていら」さえ今はもう食物しょくもつではない。そこには年の若い傾城けいせいが一人、なまめかしいひざを崩したまま、斜めにたれかの顔を見上げている。………
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なまめかしい女の髪の毛じゃありませんか? 私が二本取りましたから、都合五本ついていたんですよ」
髪の毛 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
引おろして見ると、最早息も絶え、氷のように冷たくなって居りますが、懐中にお竹にあてて書いた、なまめかしい恋文を十六本も持っていたのは、立会たちあいの衆を驚かせました。
帯の掛けを抜いて引き出したので、薄い金紗きんしゃあわせねじれながら肩先から滑り落ちて、だんだらぞめ長襦袢ながじゅばんの胸もはだけたなまめかしさ。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
小鼻の脇に、綺麗きれいあぶらの玉が光って、それを吹き出した毛穴共が、まるで洞穴ほらあなの様に、いともなまめかしく息づいていた。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかもその人影は、私の姿が見えるや否や、咄嗟とっさに間近く進み寄って、『あら、もう御帰りになるのでございますか。』と、なまめかしい声をかけるじゃありませんか。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この偐紫楼の深更よふけを照す円行燈のみは十年一日の如くに夜としいえば、必ず今見る通りの優しいなまめかしい光をわが机の上に投掛けてくれたのである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこへしどけなく乱れた袴やうちぎが、何時もの幼さとは打つて変つたなまめかしささへも添へてをります。これが実際あの弱々しい、何事にも控へ目勝な良秀の娘でございませうか。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
余りになまめかしい辺りの情景に、若い門人たちはおのずから誘い出される淫蕩いんとうな空想にもつかれ果てたのか、今は唯遣瀬やるせなげに腕を組んでこうべを垂れてしまった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それが薔薇ばらかと思われる花を束髪そくはつにさして、地味な色の半襟の上に、白い二重顋ふたえあごを休めていましたが、私がその顔に気がつくと同時に、向うも例のなまめかしい眼をあげて、軽く目礼を送りました。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
風呂敷包を解くと紙につつんだ麺麭と古雑誌まではよかったが、胴抜のなまめかしい長襦袢の片袖がだらりと下るや否や、巡査の態度と語調とはたちまち一変して
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いづれもただ美しなまめかしといはんよりはあたかも入相いりあいの鐘に賤心しずこころなく散る花を見る如き一味いちみの淡き哀愁を感ずべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは大正八、九年のころ、浅草公園の北側をかぎっていた深い溝が埋められ、道路取ひろげの工事と共に、その辺のなまめかしい家が取払われた時からであろう。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
君江の目にも寐静ねしずまった路地裏の情景が一段なまめかしく、いかにもけ渡った色町いろまちの夜らしく思いなされて来たと見え、言合したように立止って、その後姿を見送った。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それと同時になまめかしい影は雲のように大きく薄くなったまま消え去って、かすかな話声ばかりになった。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その表情が街燈がいとうの光をななめに受けていかにもなまめかしくまた愛くるしく、重吉の眼に映じた。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
女の鏡台多くゑ並べありて、数人の歌妓かぎ思ひ思ひになまめかしき身のなげざまを示したり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
深窓のじょも意中を打明ける場合には芸者も及ばぬなまめかしい様子になることがある。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あるひはこの国特有の美しき手道具漆器のたぐいを細く美しき指先に持添へたる、あるひはかたち可笑おかしき手付にさかずきを取上げたる、すべ懶気ものうげなる姿の美しさ、また畳の上に身をつくばはせたるなまめかしさ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
芸者家の許可された町の路地は云ふまでもなくなまめかしい限りであるが
路地 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
心なき世上の若者淫奔いたずらなる娘の心をいざない、なおそれにても飽き足らず、是非にも弟子にと頼まれる勘当の息子たちからは師匠と仰がれ世を毒するなまめかしい文章の講釈。遊里戯場の益もない故実こじつ詮議せんぎ
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
芸者家げいしゃやの許可された町の路地はいうまでもなくなまめかしい限りであるが
さして広からぬ庭には四季えず何かしら花がさいているが、それらの物のハデななまめかしい色彩はかえって男のない家の内の静寂をばどうかすると一層さびしく際立きわだたせるように思われる事があった。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いろいろのなまめかしい身の投げざまをした若い女たちの身体の線が如何にも柔く豊かに見えるのが、自分をして丁度、宮殿の敷瓦しきがわらの上につど土耳其トルコ美人のむれを描いたオリヤンタリストの油絵に対するような
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)