おど)” の例文
と言つたやうなたよりない話です、どうかしたら、薄々事情を知つてゐても、うんとおどかされて物を言へなかつたのかも知れません。
父はもう片足の下駄げたを手に取っていた。そしてそれで母を撲りつけた。その上、母の胸倉むなぐらつかんで、崖下がけしたき落すと母をおどかした。
今まで気もつかなかった、変にねじけた自我がそこに発見された。葉子をおどかすようなことも時には熱情的に書きかねないのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
呼びかけ、いどみかけ、おどしつける——しかし「もう一つの」は、きまった時間にでなければこたえない。で、それも答えるのではない。
「ふん、海賊のおきまりのおどし文句だ。『止れ、我、なんぢに語るべき用事あり。』と言ふんだらう。信号簿をくつて見るまでもないや。」
怪艦ウルフ号 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
ばかばかしい事だがと袴野は気やすめにおどかしやがると思ってみたが、ばかばかしい事は決してばかばかしいものの正体ではなかった。
おびえているところだから、これだけの人数で大迫玄蕃をおどかして、あとから笑いにしてやろうと、ワイワイ相談しながら歩いて行く。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その次に参考品の所で、浅井黙語あさゐもくご先生の画を拝見した。これは非売品だから、値段におどされないだけでも、甚だ安全なものである。
俳画展覧会を観て (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かうして津下にばかり金をつかはせては気の毒だ。軍資を募るには手段がある。我々も人真似に守銭奴をおどして見ようではないかと云つた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そんな刀を引ッこぬいて、こけおどしをする貴様の方が、よッぽど甘くみている。そりゃ、腕にかけたら、貴様の方が強いだろう。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おどかして名刺を見せましたけど、刑事とも何とも書いて無いんですの。偽刑事が人をわなおとしいれようと云う悪企わるだくみなんですわ……
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
二三日すると、軍治は幾にむかひ不意に、金を呉れ、と言つた。低い、押しつけるやうでもあれば又おどかすやうな声でもあつた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
甚だしいのは運動場から石や瓦を投げ出して往来の人をおどすというのであるから、とても尋常一様の懲戒法では彼らを矯正する見込みはない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
が智慧の足りなさから執拗に迫つて嫌はれてすげなく拒絶されることが多かつた。時には玄關番にうるさがられておどし文句を浴せられたりした。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
一体着物というものは、支配階級が、富と権力を誇示して民衆をおどかしつけるために発明されたものではないでしょうか。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
何故薪左衛門をおどすのか? 事実、薪左衛門は有賀又兵衛であり、五郎蔵は来栖勘兵衛なのか? 野中の道了塚で、二人は斬り合ったというが
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
自己の主張であって、そして国家のため国民のために幸福なことである限り、おどかされたって中途でやめるような意気地ないことが出来るものか。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
鼠の外貌そつぽうがこの悪戯者いたづらものに似てゐるのは、飛んだ幸福しあはせで、名もない、ちんちくりんな野鼠までが長い口髯をひねりながら、象をおどかす事が出来るのだ。
傷に悩んでいる青年をおどしたりすかしたりして問い落して得意になっていた自分の態度が、さもしいように考えられて来たのです、僕の職務的良心が
島原心中 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
理窟りくつはそんなものだがね。まあ奴等にしちゃ無理もないさ。明日あすから路頭に迷うのだ。世迷事よまよいごとくなる。だが、何が出来るものか。おどかしだよ。
女が酒の醸造をつかさどったことは、近昔の文学では狂言の「うばが酒」に実例がある。無頼ぶらいおいが鬼の面をかぶり、伯母おばの老女をおどして貯えの酒を飲むのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
おどして来いと言われましたゆえ、迷って出たのじゃ、今すぐ別れろと、うまうまひと狂言書いたのでござります
紅提灯をさげて踊り出し気の弱い許嫁母子おやこおどかして、自分の方から愛想ずかしをさき廻りにしてしまった。
それは駄目だと、なおも突っぱねると、向うは躍気やっきさ。こっちへ買い戻さねば親分に済まねえ。売らないというのなら手前は生かしちゃ置けねえとおどしやがる。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
渡瀬の全身から何かおどかすようなものがほとばしりでるのを感じて、急いで身をひるがえしてもとの座になおった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ダンスに夢中になってる善男善女が刃引はびき鈍刀なまくらおどかされて、ホテルのダンス場は一時暫らく閉鎖された。
僕をおどつもりだつたんだらう、離縁状に判を押せと云つて来たんです。よしと云つてすぐ署名捺印した。そして僕から戸籍役場へ直接郵送してしまつたんです。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
出さぬ奴の先霊もたちまち地獄へ落ちるとおどしたら、何がさて大本教を信ぜぬと目が潰れるなど信ずる愚民の多い世の中、一廉ひとかどの実入りを収め得るに相違ない。
あなたが六さんにおどされているということを聞いたのよ、本当か嘘かわからないし、たぶん嘘だろうとは思ったけれど、あたしお師匠さんのことが心配だから
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
税を出さずに畑を作ると法律があると、其筋からおどされたので、村はあわてゝ総出で其部分に檜苗を植えた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そこへ、もうよいころだとロイド君夫婦が帰って来たので、女将おかみの代りに刑事が飛び出して行って、そこは心得たもので、あっさりおどかして追っ払ってしまった。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
ふくろうおどかされた五位鷺ごいさぎだと牧瀬はいつた。歳子の襲はれさうになる恋愛的な気持ちを防ぐ本能が、かの女にぶる/\と身慄みぶるひをさして、その気持ちを振り落さした。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ジナイーダはいささかの心の乱れも見せず、すこぶる無造作にわたしを迎えたが、ただ指を一本立てておどかす真似まねをして、どこか青あざはできなかったかといた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
果然と‼ ……一つおどかしておくかね。ハハハハハハ。何を隠そうその「脳髄」こそは現代の科学界に於ける最大、最高の残虐、横道おうどうを極めた「謎の御本尊」なんだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
本日、前太子蒯聵都に潜入。ただ今孔氏の宅に入り、伯姫・渾良夫と共に当主孔悝こうかいおどして己を衛侯に戴かしめた。大勢は既に動かし難い。自分(欒寧)は今から現衛侯を
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
やはりこの辺を飛び廻る下級の長脇差ながわきざし胡麻ごまはえもやれば追剥おいはぎかせごうという程度の連中で、今、中に取捲いておどしているのは、これは十二三になるさむらいの子とおぼしき風采ふうさい
「校長は皆あゝ言うのさ。おどかしだよ。親の勘当も同じことさ。本気にする奴があるものか」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
人々ひとびとは、みんな吹雪ふぶきおとおどかされて、をすくめまちなかあるいていました。じきにくらくなると、どこのいえはやくからめてしまって、まちなかんだようになりました。
角笛吹く子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
璧をちて河を渡りける時、河の神の、璧を得まくおもふより波を起し、みづちをして舟をはさましめおどし求むるに遇ひしが、吾は義を以て求むべし、威を以ておびやかすべからずとて
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
その戦争はどうして起ったかといえば、ロシヤが清国を侵して朝鮮をおどかしたからだ。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
白糸の金をるときに、おおかたちぎられたのであろうが、自分は知らずにげたので、出刃庖丁とてもそのとおり、女をおどすために持っていたのを、あわてて忘れて来たのであるから
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中国の鯰は孔子さまをおどかしに行った。捜神記という化け物のことばかり書いた古い中国の本に、孔子さまがある夜一人で室に引き籠っていると、一人の異様な風体の男が訪ねてきた。
(新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
こんな度胸のいい仮父衆おやぶんしゅうを、ただの乞食坊主と間違えて、穴があったら入りたいくらいでござります、それにしても仮父おやぶん、人を殺して、衣の袖へその首を付けておどしの道具にするたあ
轆轤首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私は母なぞに、何時いつもそう言っておどかされるままに、おずおずと兵さんに言った。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
「まあさうだ。君たちと附き合ふんなら、向うは離れるだらうつておどかされた。」
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
「これが事の結末むすびでさあね。彼奴が生きていた時分は、誰でも彼でもおどかしてそばへ寄せ附けなかったものだが、そのお蔭で死んでから私達を儲けさしてくれたよ。はッ、はッ、はァ!」
あれは私をおびやかす——始終々々しよつちゆう/\あれは死ぬと云つて、でなければ私を殺すと云って、私をおどす。そして私は時々あれが咽喉に大きな傷を拵へてるのや、むくんだ紫色の顏になつてる夢を見る。
彼はチエンロッカーについて悲惨な物語を聞いていたが、それは、いつでも彼がチエンロッカーへはいる場合に、彼の記憶の中から、ムクムクと起き上がって来ては、彼をおどすのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ひげはやし洋服を着てコケをおどそうという田舎紳士風の野心さえ起さなければ、よしや身に一銭のたくわえなく、友人と称する共謀者、先輩もしくは親分と称する阿諛あゆの目的物なぞ一切皆無かいむたりとも
気絶している娘を三人で介抱して、蘇生さして、おどしつすかしつ取調べた。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)